Tasteless Blog

Archive for the ‘歴史・神話’ category

先日ツイッターでツタンカーメンの生殖器が立てられた状態で埋葬されていた云々の記事が話題になっていたので「そういえばウチのサイトからもツタンカーメン墓の出土品リストにリンクしてたっけと思い出し、久し振りに読もうと思ったらリンクが切れていたから直しておきました。
勃起状態の件自体は発見者ハワード=カーターが発掘記に記していたし、私は中学生の頃に読んだフィリップ=ファンデンベルクの『謎のファラオツタンカーメン』経由で知ってはいました。この度話題になった記事はそのすでに知られていた事実についての解釈ということですね。
ツタンカーメンのミイラの発見当時の写真はこちらで見られますが、カーターたちによってバラバラにされてしまったというのは本当だったんだ、情報として知ってはいたけど…と、改めて少々衝撃を受けました。ちぎった首を台に載せて色々な向きから撮った記録写真とか、複雑な気持ちになる……。それにしても、睡蓮の花から出現する王の頭像は本人に似ていると再認識。後頭部の長さとか強調されてはいるけど。
ところで、ナショナルジオグラフィック2005年6月号に掲載されたツタンカーメンのCTスキャン画像でもバラバラにされてたことは判ったはずなんだけど、なぜそのときは特に気にしなかったんだ約翰。
そういえばツタンカーメンの生殖器は発掘後にちぎれてしまい、CTスキャンの折に再発見されたんでしたっけ……カーターたちは発掘した貴重な品々をなるべく早く記録し安全なところに運ばないと盗まれる恐れがあったから、遺体をばらしたのもやむをえない処置だったとはいえるんでしょうが。
私が実際に見たツタンカーメンご本人は首から下を布で包まれた状態でガラスケースの中に横たわっていたから、本当はバラバラになっていると知ってはいたけど実感は湧かなかったんですよね。今になってこんなこと言ってる。
 

『仮面ライダーウィザード イン マジか!?ランド』DVDが届いたので見てましたが、オーズの時も思ったけどこういうのってある意味子供に見せづらいなぁ。
本編とは逆にミサに振り回されるソラが面白かったです。ソラっていうか、最後の方は中の人の素が出てませんか、関西弁とか……。
そしてコヨミの部屋に太陽の石のミニチュアがあったので、以前描いたこれを思い出しました。アステカ……。
またウィザード絡みで何か描きたいなぁ、いやその前に年賀状とか、描きかけのコクッパ絵とかあるけど。
 

話は変わりますが、1つ前の記事で触れたアステカ神話関連本2冊の内の1冊『The Mythology of the Americas』が昨日届いたので、それに関して。
「有名以下略」の「トナティウの配偶神は夜の太陽ヨワルテクトリ」の項は書き直す必要が出てきました。実は今回購入することにした2冊はいずれもこの問題のための資料なのです。
件の記事を書いた後も、なんとなく引っかかりを覚えていたのですよ。それで『ヴィジュアル版世界の神話百科アメリカ編』のヨワルテクートリの項を何度も読み返しているうち、ふとこんな疑問が浮かんできました。
「これひょっとして和訳に問題があるんじゃねぇ? 「配偶神」ってなってるとこ原文だと「counterpart」だったりしねぇ? それなら「対の片方」ではあっても「夫婦関係の片方」とは限らなくねぇ?」
そこで、原文を確認するため原著である『The Mythology of the Americas』を買いました。

(ところで英語版は日本語版より大きいので置き場所に困る。その分厚みは少ないとはいえ)
さっそく該当箇所を見ると、果たして「counterpart」となってましたよ大当たり。っつーか代名詞「he」じゃねぇかよ。
「配偶神」って訳語がおかしかったんだなー、この件に関してはD.M.ジョーンズに悪いことしたなー、と思いつつ手元の辞書(『広辞苑』第三版)で「配偶」を引いてみたところ、「(1)そえ合わせること。そわせること。(2)連れ合い。夫婦」とあり、また派生語の「配偶者」は「夫婦の一方から見た他方。配偶者たる身分は婚姻によって取得し婚姻の解消によって失う」とありました。ここまではこれまでの知識と特に矛盾することはなく、なので、「配偶神」とは「配偶者たる神」のことだと思っていたんです。
思っていたんですが、「もしかして『ヴィジュアル版』訳者は「そわせること」を「対とならせること」ぐらいの意味で使ってて、「夫婦」の意味は持たせてなかったんじゃねぇ? 「counterpart」の訳語、「対の片方」じゃいまいち収まりが悪いとかで「配偶神」って言葉を当てることにしたんじゃねぇ?」と思いつき、他の項も見てみると、ショチケツァルは英語版は「female counterpart of Xochipilli」、日本語版は「ショチピリの女性配偶神」となっていました。いちいち女性であることを断っているということは、逆に言えば性別をわざわざ言わない「counterpart / 配偶神」は同性と考えるのが自然なようです。
けれども、「配偶」「配偶者」といった言葉は日常的にはもっぱら夫婦関係に用いられるため、私を含む多くの読者は「配偶神」とは「配偶者たる神」のことだと思ってしまったのでした。
そんな訳で、ヨワルテクトリは男神であるにもかかわらず(D.M.ジョーンズもそう認識していた)、トナティウの「配偶者」であり女神であるという誤解が多くの日本人アステカ神話ファンの間に広まってしまったのでした。
ツイッターで寄せられた質問に「シウテクトリの配偶神とされるシウコアトルは男神か女神か」といったものがありましたが、こうした疑問が起こる元となった原因も同じものです。
『The Mythology of the Americas』では「counterpart of Xiuhtecuhtli」となっていたシウコアトルは『ヴィジュアル版』では「シウテクートリの配偶神」と訳されました。先に見たとおり、恐らく訳者は「夫婦となる神」ではなく「対となる神」の意味で「配偶神」と言ったのでしょうが、私が誤解したのと同様の理由によりシウコアトルはシウテクトリの「配偶者」すなわち妻と解釈した人が、この火の蛇について全体的に『ヴィジュアル版』の解説に基づきつつも「アステカにおける火の蛇の女神」と説明する文章をウェブに上げ、多くの日本人アステカ神話ファンの間に「シウコアトル=女神」という認識が広まってしまったのでした(『ヴィジュアル版』には性別の記述はない)。しかし英語サイトを見るとシウコアトルは男性として扱われているので、実際のところはどうなの……という訳で先に挙げた質問が発生することになりました。この質問に対する答えとしては、先に述べたように性別をわざわざ言わない「counterpart / 配偶神」は同性と考えられる、ということでいいかと思います。
ところで、ヨワルテクトリとヨワルトナティウの関係や、太陽の石の中央の顔はヨワルテクトリという説については、もう1冊の本が届いてから考察します。
 

神話について調べること自体が楽しくなってしまっている約翰本人はもはや神話を題材にした創作はほとんど放棄してしまって久しいのですが、他の人たちのアステカ神話創作を見ていると、しばしば太陽神、トナティウとウィツィロポチトリをどのように扱うかという問題が発生しているような気がします。という訳で今回は、その辺について整理してみます。
 

 

「トナティウもウィツィロポチトリも太陽神だといわれるけれど、どういうことだろう? 太陽は一度に2つも存在しないし……」と悩まれることが往々にしてあるようですね。そして、ウィツィロポチトリは軍神ともされることから、「トナティウ=太陽」「ウィツィロポチトリ=太陽を護る戦士」といった設定を考える神話ファンが多く見受けられます。
しかし、私は(創作神話はさておき、本来の神話では)そういうことではないと考えます。
大まかに言うと、
・トナティウ…古くから中央メキシコで崇められていた太陽神・太陽そのもの※。ケツァルコアトルの単為生殖による息子ないし分身的存在。
・ウィツィロポチトリ…北方から移住し後古典期後期に中央メキシコの覇権を握ったメシカ人の守護神。メシカ人が勢力を伸ばすにつれ太陽の属性も帯びるようになった。
という感じです。つまり「太陽=トナティウ」とする神話と「太陽=ウィツィロポチトリ」とする神話は別系統であり、一まとめにしようとすると無理が生じがちなのです。
※ tonatiuhとは太陽を意味する語で、第5の太陽(ナウィ=オリン)のみを指す個人名という訳ではありません。過去に存在した太陽として、例えば、『メキシコの歴史(Histoire du Mechique)』ではチャルチウトナティウ(緑の貴石の太陽)・ヨワルトナティウ(夜の太陽)・エエカトナティウ(風の太陽)の名が挙げられています。また『クアウティトラン年代記』ではアトナティウ(水の太陽)・オセロトナティウ(ジャガーの太陽)・キアウトナティウ(雨の太陽)・エエカトナティウ(風の太陽)が列挙され、そして現在の太陽は第5の太陽オリントナティウ(動きの太陽)とされています。古代オリエント学者の三笠宮崇仁殿下は『古代エジプトの神々』で「大概の書物には太陽神「ラア」と書かれている。それでよいのであるが、私は「お日さま」と呼ぶほうが日本人にはわかるような気がしている。太陽というと、どうも天文学でいう「恒星の一つであり、その中心における原子核反応によって発光する物体」といった感じがしてならない。しかし「お日さま」と聞くと、子供の頃から馴染み深かった日の出を拝む習慣を思い出す。たとえば富士山頂でご来光を拝するとか、伊勢の二見浦の夫婦岩の間から昇る初日の出を拝むとか、地方によっては今でもいろいろの風習が残っているだろう。エジプトの場合も、まさにこの意味における「お日さま」なのである」と書かれてましたが、古代メキシコのトナティウについても同様のことが言えると思います。
 

こうした混乱がしばしば起こることの背景には、狭義のアステカ(メシカ)と広義のアステカ(後古典期後期メキシコ盆地に居住した人々の総称)との区別をはっきりさせないとか、本来別系統の伝承なのにその辺りの説明はおざなりになっているといった事情があるようです。そのため、現代の神話ファンが2つの説を両立させようとして本来とは異なる解釈を作り出すようになっているのではないでしょうか。
「豆知識」にも書きましたが、第5の太陽はトピルツィン=ケツァルコアトルのものと同じとされる『太陽の伝説』においてはウィツィロポチトリは生贄要員その2といった扱いで、登場したとたんに死にます。「太陽=トナティウ」とする人々に相当疎まれていたことが伺えますが、それは裏返せば当時勢力を振るっていたメシカ人は周辺の諸民族にも自分達の守護神ウィツィロポチトリの崇拝を押し付けていたということでしょう。メシカ人にもっと時間があれば、テオティワカンにおける第5の太陽創造譚をウィツィロポチトリが乗っ取っていたかもしれません。
 

「メシカ人の自意識の結晶」――個人的にはウィツィロポチトリとはこのようなものとイメージしてますが、その大本の姿は、サアグンがやたらとウィツィロポチトリはただの人間だったと強調していることからも推して、メシカの神格化された偉大な祖先であり、部族の守護神といったものでしょう。北方から移住して覇権を打ち立てたメシカ人が彼らの守護神に太陽の属性を付け加えるなどしていった結果、メシカ人に勝利をもたらす軍神にして世界を照らす太陽神という像が出来上がっていったようです。
ところで、『太陽神の研究』所収の笹尾典代「メソアメリカの太陽崇拝――アステカ「昼の太陽」の宇宙論――」にあったウィツィロポチトリに関する指摘が面白かったので、少々引用します。
「メソアメリカの伝統的宇宙論をなす根本の原理は対極的相補性の二元論であり、そこでの「太陽」が有した宗教的価値は、常に昼と夜、あるいは火と水、天上と地下世界、生命と死、という両義的なものであった。しかし、テノチティトランにおけるテンプロ・マイヨールのツイン・テンプルの一方に祀られた、メシーカの太陽神ウィチロポチトリだけは、この伝統的な二元論的性質をまるで拒否するかのように昼の天空を支配し続ける絶対的存在に奉りあげられていた。それは徹底して、闇や地下世界の勢力を破る「昼の太陽」の象徴であり、常に闇、夜、地下世界といった対立要素を打ち倒して天空に上昇する昼の太陽であり続けなければならなかった。すでに考察してきたように、アステカの最高神にしてもっとも崇拝された太陽の軍神ウィチロポチトリ神は、メキシコ中央高原におけるメシーカ族の軍事的支配権拡大の過程にともなって、その都市国家の神聖なる正統性の根拠として生み出された神であり、この神は、メシーカが台頭する以前のメキシコ中央部で隆盛を誇ったテオティワカンやトルテカなどの栄光ある都市文明で崇拝されてきた古い神々の性質の一部を取り入れながらも、メシーカ族の都市国家のシンボルとして新しく創造された神であった。古い神々、とりわけ火の神シウテクトリ<トルコ石の王>と、上述した太陽神トナティウらの役割は、火と太陽をともに統括するウィチロポチトリの登場によって次第に縮小されていった」
「アステカ」の神々の代表格とされるウィツィロポチトリですが、中央メキシコのパンテオンにおいてはむしろ異質な存在であったと言えそうです。
 

EZ DO DANCE

10月 28th, 2013

更新履歴に載せるほどではないんですが、「有名以下略・その2」に加筆しました。
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豆知識
日本語文献ではウィツィロポチトリの妹とされることが多いマリナルショチトルですが、『チマルパイン文書』によれば姉であるということが判りました。マリナルショチトルの息子コピルに向かってウィツィロポチトリが「お前は我が姉(nohueltiuh)マリナルショチが儲けた者ではないのか?」と問うシーンがありました。
余談ですがこの史料ではウィツィロポチトリの母はコアトリクエではなくコヨルシャウキなんですが、ウィツィロポチトリは彼女を叔父のセンツォンウィツナワ共々殺してしまいます。ストーリーは約束の地を目指す旅の途中、もうこれ以上進まずここに留まろうと主張した者たちがウィツィロポチトリの怒りに触れ殺されるというもので、ウィツィロポチトリが天からの羽根によって母の胎内に宿って云々という奇跡譚の方ではありません。
 

……実を言うと、そろそろ「コクッパ親衛隊」の書き直しに着手しようと思ってたんです。ですが、ついうっかり『チマルパイン文書』を手に取ってしまって…何しろ本棚がこんなことになってるもんで……。

(黄土色の本2冊が『チマルパイン文書』)
このところPCの調子が時々おかしいのに加え、これからしばらく幼稚園の行事やら芋掘りやら七五三やらで忙しくなるため、あまりサイト関係の作業ははかどらないと思いますが、ぼちぼちやっていきたいです。
 

ヨワルティシトルを夜の貴婦人と訳しメツトリの別名としたのはルイス=スペンスだと以前書きましたが、改めて調べたところ、スペンスより前にダニエル=ブリントンが『The Myths of the New World』に書いていました。ブリントンはアントニオ=デ=レオン=イ=ガマの『Descripcion histórica y cronológica de las dos piedras』にヨワルティシトルが「la diosa de las cunas(揺りかごの女神)」と書かれていたことから、ヨワルティシトルを子供の守護神として月の女神とみなしたようです。テクシステカトルは子を産むことを司る者だということと併せてそう考えたのでしょう。しかしティシトルを医者とか助産婦とかではなく貴婦人と訳したのは……ひょっとして、レオン=イ=ガマの本で「señor de la noche(夜の主)」ヨワルテクトリと共に名を挙げられていたから、セニョールに対応するのはセニョーラだろうとか考えて、それで……?
  

 

話は変わりますが、ツイッターでアステカの冥界の神々の話が出ていたので、こちらもちょっと調べてみました。っていうか、順序としてはこちらが先だったんですが。ミクトランテクトリについて調べようとしていた時についヨワルティシトルが目に入ってしまったので、いつものように脱線です。
 

アステカの死者が往くミクトランの旅路について日本語で読めるものとしては松村武雄編『メキシコの神話伝説』『マヤ・インカ神話伝説集』が身近なものです。これらの本に収録された「死人の旅」を読んで、ミクトランテクトリとその配下ショチトナル・イスプステケ・ネシュテペワについてあれこれイメージをふくらませたアステカファンは多いことでしょう。しかし、当ブログではこれまでにも何度もこれらの本にツッコミを入れてまいりました。という訳で、今回も何が正しくて何が怪しいのか調べてみようと思います。
なお、上記の本に書かれたミクトラン関係の情報は、ルイス=スペンスの『The Myths of Mexico and Peru』によっています。そしてスペンスは主に『ヌエバ=エスパーニャ総覧(『フィレンツェ絵文書』のスペイン語部分)』『バチカンA絵文書』を参考に「The Mexican “Book of the Dead”」の項を書いたようです。松村氏の「死人の旅」での「彼は、二つの高い峯が~」から「~堅い岩でも切り抜けるのであった」の辺りは『ヌエバ=エスパーニャ総覧』、「イスプステケという悪魔が~」から「~真暗にしてしまう」の辺りは『バチカンA絵文書』が元になっています。
しかし、スペンスが記した「メキシコ人は死人に幾本かの投槍を束ねたものを与えた」「死者の口から抜け出した霊魂はテスカトリポカの前に導かれて木製のくびきを首にかけ裸で立ち色々と試される」といった話の出典を私はまだ見つけられません。
という訳で、投槍で戦う云々は『フィレンツェ絵文書』にはないと思うんですが(見落としているだけだったらすみません)、死者が男なら記章つきの籠や盾やマクアウィトルや彼が生前捕虜から奪ったものや彼のマントや衣類を、女なら籠や機織道具などを共に火葬するということは書かれていました。そうすることで黒曜石の刃の(ような)風から死者が護られるのです。
話が前後しますが、「彼は、二つの高い峯が~」から「~堅い岩でも切り抜けるのであった」の辺りは『フィレンツェ絵文書』ではこんな感じです。「(紙製の所持品を死者の前に置いて言う)「これによってあなたは2つの山が合わさるところを越えるでしょう」「また、これによってあなたは蛇が待ち構える道のそばを越えるでしょう」「また、これによってあなたは碧いトカゲ※・ショチトナルのそばを越えるでしょう」「また、これによってあなたは8つの砂漠を進むでしょう」「また、あなたはこれによって8つの丘を渡るでしょう」「これによってあなたは黒曜石の刃の風の場所を越えるでしょう」(※ xoxouhquj cuetzpalinのxoxouhquj(xoxouhqui)は青~緑にかけての色を指す語で、スペイン語テキストではlagartija verde緑の小さなトカゲとなっていました。青緑色ぐらいをイメージしておくといいかもしれません。なお、スペンスの本ではfierce alligator獰猛なアリゲーターとなっていたので、松村氏は恐ろしい鰐と書きました。スペイン語がlagartoあるいはlagartaならワニの意味もありますが、ナワトル語テキストではcuetzpalinでcipactliではないので、やっぱりトカゲでしょう)」
ショチトナルの前に登場する蛇ですが、実は「物凄い蛇がその行手にとぐろを巻いていて、死人を見るなり跳りかかってくる」と松村氏の本でも言及されていました。しかし、サアグンが記録した時点で、ただ蛇というだけでショチトナルのような固有の名前で呼ばれることがなかったため、読者の印象に残りづらく存在をスルーされがちになってしまったのです。
そして、死者の行く手を遮るイスプステケやネシュテペワの出典は『バチカンA絵文書』です。今では多くのアステカファンの間に「ミクトランテクトリの配下はショチトナル・イスプステケ・ネシュテペワ」というイメージが定着しているようですが、そうなったのはスペンスが『バチカンA絵文書』から説明が多めだった2柱を選び出して『ヌエバ=エスパーニャ総覧』の話とつなげたからであり、ショチトナルの前に出てきた蛇が名無しだったからでしょう。
『バチカンA絵文書』に男女4組8柱の冥界の神々が描かれたページがあり、その中に件の2柱もいます。
上からミクトランテクトリ&ミクテカシワトル・イスプステケ&ネショショチェ・ネシュテペワ&ミカペトラコリ・コンテモケ(ツォンテモクのことか)・チャルメカシワトルとなっています。
大地の口の上に座る冠をかぶった男神=ミクトランテクトリ、鳥の足の男神=イスプステケ、血を満たした容器に下半身を浸す?女神=ネショショチェ、下半身がなく浮いている?男神=ネシュテペワ、下半身がなくござの上に乗っている?女神=ミカペトラコリ、……といった特徴のある彼らは判りやすいですが、ミクテカシワトルとチャルメカシワトルの区別がつきにくいですね。ツォンテモク(面倒臭いのでこちらの名称に統一)もちょっと特徴薄い。
イスプステケは「死人の旅」では「後ろ向きになった鶏の脚を持っている」とありますが、元になったスペンスの「The Mexican “Book of the Dead”」では「the backward-bent legs of a cock(後ろ向きに曲がった鶏の脚)」で、恐らくこちらのページの「人と鳥の下肢 骨格構造と名称」の図にあるような感じだと思うんですが、「後ろ向きになった鶏の脚」では爪先が後ろで踵が前に来てるようにも読めてしまってややこしいです。
それから、ツォンテモクは『フィレンツェ絵文書』ではミクトランテクトリの別名とされていますが、『バチカンA絵文書』ではそれぞれ別の神です。また、これはまだ自分で確認はしてませんが、ル=クレジオの『メキシコの夢』の注によれば、アルフレド=チャベロの説では太陽神トナティウが西に没するとツォンテモクという名になり、夜はミクトランを照らすためミクトランテクトリになったそうです。エドゥアルト=ゼーラーによればツォンテモクは大地のヒキガエルとして表わされたとも。そしてこれもゼーラーの論文に書かれていたことですが、『絵によるメキシコ人の歴史』で落ちてきた天をテスカトリポカとケツァルコアトルが2本の木になって支えた後、手助けのため創られた4人の男たちの内の1人がツォンテモクだそうです。もっとも、これは原著での綴りが「Cotemuc」らしく、「Tzontemoc(ツォンテモク)」とするのが妥当かどうかは断言できません。アンヘル=マリア=ガリバイの『Teogonía e Historia de los Mexicanos』(『絵によるメキシコ人の歴史(Historia de los Mexicanos por sus pinturas)』と『メキシコの歴史(Histoyre du Mechique)』のスペイン語訳を収録した本)では「Cuatemoc」となっています。
そうそう、『メキシコの神話伝説』の「ミクトラン神」の項にミクトラン神はチチミメスまたはチチミトレスと呼ばれた怪物を従えていたとありますが、これも『バチカンA絵文書』が出典です。ツィツィミメのことですが、そういえば『テレリアーノ=レメンシス絵文書』のケチョリの月の解説ページに、ヤカテクトリ・トラウィスカルパンテクトリ・セ=アカトル=ケツァルコアトル・アチトゥメトル・シャコパンカルキ・ミシュコアトル・テスカトリポカ・ツォンテモクが堕天してツィツィミメになったという記述があるんですよね(同じ資料を参考に書かれたと思しき『バチカンA絵文書』のケチョリ解説では天界から堕ちた4柱の地獄の神々といった感じでそれぞれの名前は挙げられてませんでした)。ツォンテモクがツィツィミトルになったという話があるのか……ツォンテモクとは「頭を下にして降りてくるもの」といった意味があるそうですが、これも何か関係があるんでしょうか?
 

ところで、ミクトランテクトリに関する神話といえば、ケツァルコアトルが貴重な骨を取りにミクトランに下った話が有名ですが、やはりケツァルコアトルがらみでこんな話もあります。ソースは『マリアベッキアーノ絵文書』。
「ケツァルコアトルが手で男性器を洗っていたとき射精が起こり、精液が岩の上に落ちた。そしてそこに、女性器の間に切り取られるであろう肉片を持つ、花という意味のショチケツァルの名で呼ばれる女神を噛ませるために神々が送ることとなるコウモリが生まれた。そしてそのコウモリは彼女が眠っている間にその肉片を切り取った。そして彼はそれを神々の前へ運び、神々はそれを洗った。すると彼らがこれを落とした水の中から花が現れたが、それらは良い香りではなかった。そこでコウモリはその花※をミクトランテクトリのところへ持っていき、そこで彼はそれを再び洗った。すると水の中からショチケツァルと呼ばれる女神に由来するのでショチトルと呼ばれる芳しい花が現れた。そしてインディオたちは芳しい花は異界から、彼らがミクトランテクトリと呼ぶ偶像の家から来たと信じている。そして匂いのない花は、この土地から初めて生まれたものだという(※ 『マリアベッキアーノ絵文書』ではコウモリがミクトランテクトリのところに持っていったのは花となっていますが、肉片だったとしている史料もあります)」
花に芳しさをもたらすのは冥界の力というのが面白いですね。しかし、ケツァルコアトルの相手の女神といえばマヤウェルが有名ですが、この話からするとショチケツァルとも性的な関係があったということになりますよね。マヤウェルと関係してプルケができ、ショチケツァルと関係して花ができたと。
 

……とまぁ、アステカの葬送儀礼とか死後の世界とかについてはまだまだ知りたいことがたくさんありますが、今回はこの辺で。

メッセージありがとうございました。この記事にて返信いたします。
拍手やメッセージはとても励みになります。送ってくださる方々には感謝しております。
 

ツイッターの方で「次は『ボルジア絵文書』に描かれた天文現象の話」とか言いましたが、それだけで1冊本が書かれているような話題なのでブログで紹介するためのまとめ等に頭を悩ませており、かといってメッセージお礼をあまりお待たせするのもとも思い、今回は代わりに、やはりツイッターで書いたテスカトリポカの化身がらみの話など。
 
「景気がよくなるという実感が持てずにいる」に書いたスカンクですが、スカンクが臭いを発したときに唾を吐いた人は白髪になると言われていたので、人々はスカンクが臭いを出しても唾を吐かないよう子供達にきつく注意し、口を覆うだけにしていた由。スカンクが不吉な動物と考えられたのは恐らくその悪臭ゆえでしょうが、テスカトリポカと結び付けられたのはなぜでしょうか? ……しかし、なんとなく「テスカトリポカならやりかねない」という気がしてしまいます。やたらと人間にちょっかいを出すのは運命を司り弄ぶ者だからかもしれませんが、それにしたってなんでこんな方法、とも思います。偉い神様なのに。
 
『フィレンツェ絵文書』第5書にはまた、夜間現れる様々な予兆のひとつとしてテスカトリポカの化身のコヨーテについての記述もあります。
コヨーテの予兆:それはテスカトリポカだと言われた。しばしば彼は自らをコヨーテに変化させた。そしてこのコヨーテはしばしば路上で人の行く手をふさいだ。そして彼がこうした時、このように聞こえた「これは行く者にとって決して良い時ではない。恐らく泥棒や強盗が道のどこかにいるか何か危険なものが飛び掛ってくるだろう」。
コヨーテのような動物の姿をとるテスカトリポカの図は『テレリアーノ=レメンシス絵文書』や『バチカンA絵文書』に第19トレセーナ(鷲)の守護神としてショチケツァルと共に描かれていますが、このことと先の夜道に現れるコヨーテとの関係はよく分かりません。
 
それにしても、テスカトリポカは様々な動物の姿をとるものです。七面鳥とか何か他の鳥(種類がよく分からなかった……)とかもあるし。個人的な好みの話になりますが、そういうこともあって私は「テスカトリポカ」をジャガー獣人として描くのは好きじゃないんです。テペヨロトルならともかく(テペヨロトルも完全に人間の姿で描かれることがあるけど)。
  

 
<拍手返信>
 
(さらに…)

「……テスカトリポカ星……?」
 

いい加減にインカ展の話を書かんとな、と思い続けてはや2週間あまり、しかしうっかり「有名以下略」のことを思い出してしまい、ついそちらに向かおうとして脇道にそれ大いに迷走……という、お決まりのパターンであります。
 

さて、「テスカトリポカ星」とは何か。
小惑星にもテスカトリポカという名を持つものがありますが、今回話題にしているのはTezcatlipocacītlalli、ナワトル語で木星のことです。ナワトル語では木星はHuēyitzitzimicītlalli(大ツィツィミトル星)・ Mātlālcītlalli(青い星)とも呼ばれます。
しかしこのTezcatlipocacītlalliなる名称、どうもアステカ時代からあるものではなく割と最近になって付けられたものではないかと思います。
というのは、他の惑星の名称がそれぞれこんなだからです。
 水星Payīnalcītlalli・Xolocītlalli  (パイナル星・ショロトル星)
 金星Cītlalpōl・ Huēyi Cītlalli・Tlāhuizcalpan Tēuctli (大きな星・大きな星・トラウィスカルパンテクトリ)
 火星Chīchīlcītlalli・Huītzilōpōchcītlalli(赤い星・ウィツィロポチトリ星)
 土星Tzitzimicītlalli・Tlazōlteōcītlalli(ツィツィミトル星・トラソルテオトル星)
 天王星Ilhuicateōcītlalli・Ilhuicatēcacītlalli・Xiuhtēuccītlalli(天の神の星・天の者の星・シウテクトリ星)
 海王星Tlāloccītlalli(トラロック星)
 冥王星Mictlāntēuccītlalli(ミクトランテクトリ星)

「メルクリウス→神々の使者→パイナル」のようにアステカの神々をローマの神々に対応させているらしいので、これら惑星を神々になぞらえた名前は、古代から重要視されていた金星以外は後世に付けられたもののようです。天王星・海王星・冥王星は古代には見つかっていなかったはずだし、ウィツィロポチトリが火星担当なんて本来のアステカ神話的には考えにくいし。前の記事と関連しますが、これは「マルス→軍神→ウィツィロポチトリ」ということでしょう。テスカトリポカが木星なのも同様に、「ユピテル→神々の王→テスカトリポカ」という流れでしょう。「せっかく先祖伝来の神話があるんだから、ローマのじゃなくこちらの神々の名前で呼ぼう!」ということかと思います。土星→トラソルテオトルはよく分かりませんが、木星Huēyitzitzimicītlalliと土星Tzitzimicītlalliは似たものと考えられているようなので、テスカトリポカと共に懺悔に関わるトラソルテオトルが選ばれたのかもしれません。
っていうか、HuēyitzitzimicītlalliとTzitzimicītlalli、これら2つの名称はいつごろからあるものなのか、なぜこれらの星がツィツィミメと見なされるのか、その辺りも知りたいです。テスカトリポカがツィツィミトルになったという話もあることはあるけど……。
ちなみに、『フィレンツェ絵文書』にも出てくる太陽の館Tōnatiuh Īchānという言葉は、現代では太陽系を表わす言葉として用いられているようです。こういうのを見ると、ナワトル語って形を変えつつ昔から現代まで使い続けられている言語なんだなぁと感慨深いものがあります。
 

とまれ、アステカマニア的には夜空を見上げる楽しみが1つ増えました。
それはいいんですが、……ついうっかり、セーラー戦士のコスプレをしたアステカの神々を想像してしまいました……どなたか描いてくださいませんか。
 

星に願いを

7月 3rd, 2013

前回の記事で少し触れた「17世紀のフランスで描かれたらしき本の挿絵のウィツィロポチトリがひどいっていうか日本もなんかすごいことになってる」に関連したあれこれ。
少し前にツイッターで邪神ウィツィロポチトリが紹介されてまして、興味を覚えた私がもう少し調べてみたところ、こんなサイトを見つけました。
このサイトにはあいにくウィツィロポチトリの画像は未掲載ですが、日本についての画像に衝撃を受けたのでそれはそれで良しとします。
いやもう……「Dairoって内裏?」とか「ライオンは狛犬なのかな…しかし阿形吽形はちゃんと再現されてるのな」とか「日本の皇帝って、どこのスルタンだよ! ……っていうかこれ、天皇じゃなくて将軍? 三つ葉葵の紋があるから……諸大名が王でその上に立つ将軍は皇帝ってこと?」とか「ちょんまげがトンスラみたいになってる!」とか、いろいろ気になります。
このサイトを見付けるきっかけになったウィツィロポチトリですが、この姿はきっとアステカの神々がスペイン人によってキリスト教でいう悪魔とみなされたためにこんなことになったんでしょう。頭の羽根飾りがインディオらしさをアピール。
ちなみに、『フィレンツェ絵文書』にもこんなのがあります。トラロックなんですが……。

そしてウィツィロポチトリの上方左右の偶像は、多分『マリアベッキアーノ絵文書』のミクトランテクトリシワコアトルを基に描いたものだと思います。なんでこの2柱かというと、恐らく髑髏面でいかにも禍々しいからでしょう。特にミクトランテクトリは食人儀式に関わってるし。
『マリアベッキアーノ絵文書』のミクトランテクトリといえば、この絵文書にはミクトランテクトリは髑髏面ver.と普通に肉も皮もあるver.と両方載ってるようです。で、テスカトリポカがミクトランテクトリに髑髏面を着けさせたという神話の出典は何なんでしょう? NHKの大英博物館の本でしか見たことがないのでいまだに原典を知らないのです。
そうそう、古代エジプト好きでもある私としては、エジプトに関する描写も気になるのでした。「ユピテル=アンモンの神殿」って、カルナック神殿のこと?
(実際のカルナック神殿)


ところで、ユピテル=アンモンで思い出しました。サアグンがユピテルになぞらえているのはテスカトリポカですが、ドゥランはトラロックなんですよね。サアグンの場合は「テスカトリポカ→神々の王→ユピテル」という発想のようですが、ドゥランの方は「トラロック→雷→ユピテル」という連想を働かせたからです。
そして、サアグンはウィツィロポチトリやケツァルコアトルをヘルクレスにたとえてます。これは恐らく、ウィツィロポチトリ&ケツァルコアトルが神というだけでなく人間としての要素も持つこと――メシーカ人の指導者とかトルテカの神官王とか――に着目したためでしょう。ただの人間だのモータルだのと強調してるし。
なお、ドゥランは軍神という要素を重視して、ウィツィロポチトリをマルスにたとえています。
ついでだから、サアグンがアステカの神々に当てはめたローマ神を先に挙げたの以外にもご紹介。
チコメコアトル→ケレス、チャルチウトリクエ→ユーノー、トラソルテオトル→ウェヌス、シウテクトリ→ウルカヌス
……チャルチウトリクエがユーノーっていうのはどういう関連があるんでしょうか? 別の史料で思い出せたものとしては『マリアベッキアーノ絵文書』にテスカトリポカとチャルチウトリクエが同じ画面に描かれてるらしき絵があるけど、絵だけでテキストがないのでどういう状況なのか判らないのでした。

「ケツァルコアトルは1のアシの年に戻ると予言して旅立った」という話はアルバ=イシュトリルショチトルの著作に出てたらしいです。
しかしこのクロニスタ、ケツァルコアトルあるいはウェマクをキリスト教の伝道者としてるんですよね。もっとも、それは彼が言い出したことではなく、もっと昔からあった解釈ですが(ディエゴ=ドゥランはトピルツィンあるいはウェマクを使徒トマスと同一視してた、とか)。
現在広く知られているケツァルコアトル帰還の予言にまつわる話では、このキリスト教伝道者という設定が抜けてしまっているようです。近年言われる「ケツァルコアトル帰還の予言は征服後に作られたもの」という説は、これがあった方が解りやすいと思うんですが、省かれてしまっているのはやっぱり「ない方が昔からの予言らしくてドラマティックだから」でしょうか?
 
アルバ=イシュトリルショチトルはテスココ王家の血を引く先住民系クロニスタですが、彼自身はキリスト教徒だし征服を体験していません。
なので彼の書いた歴史は、自ら歴史の証人として語ったものではなく、祖先の歴史を研究し自分の同世代の人々に伝えるといったものでした。そして、テスココ王家の末裔でありキリスト教徒でもあるという立場から、キリスト教的世界観により祖先の歴史を解釈したのです。
 
テスココ王家といえばもっとも有名なのは賢王の誉れ高いネサワルコヨトルでしょうが、彼のイメージの元になっているのもアルバ=イシュトリルショチトルの著作でしょう。
しかし、前述のように、彼はキリスト教の世界観に合う形で先祖の業績を語ったので、スペイン人到来以前に唯一神信仰に目覚めた人物ということが強調されるようになったのでした。そして、後世の人々がそのテキストを成立の背景を抜きにして読んだため、先スペイン期からずっとそのように伝えられてきたのだと思われたようです。
 
ところで、ネサワルコヨトルが崇めていたとされる唯一神トロケ=ナワケですが、これは本来オメテオトル・テスカトリポカ・ケツァルコアトルなどいくつかの神々に対して用いられる呼称でした。しかしキリスト教の布教に際して、宣教師たちはキリスト教の神を表わす語としてこれを流用しました。
それ故、トロケ=ナワケが表わすものが征服以前の神なのか新たにもたらされた神なのか、判りにくくなっているあるいはあえて判りにくくされています。
なお、同様の問題は『フィレンツェ絵文書』など他の資料にも見られます(アルフレド・ロペス=アウスティンの『カルプリ』をお持ちの方はその中の「海を越えてきたメシーカ人の歴史物語」もご参照願います)。
 
また、ネサワルコヨトルと信仰といえば、メシコからウィツィロポチトリの神殿を建てるよう勧められたので建てたが、その向かいに空の神殿も建てたという話も有名です。しかし、このエピソードにもキリスト教的解釈が入っているかもしれません。
『プリメーロス=メモリアーレス』ナワトル語英語対訳版の脚注で、ネサワルコヨトルはアコルワ人とメシーカ人のハーフであること(父はテスココ王イシュトリルショチトル1世、母はメシコ王ウィツィリウィトルの娘マトラルシワツィン)が彼の治世にテスココでウィツィロポチトリ信仰が始まったことと関連して書かれてました。
 

以下余談……「人身供犠を否定した善神ケツァルコアトル」「唯一神を見出した賢王ネサワルコヨトル」これら2つのイメージは同根でしょうが、私としては「アステカに興味はあるけど生贄は嫌」という西洋人(日本人も含む)に重宝され過剰に持ち上げられている感じがどうにも気に食わないのです。ケツァルコアトルやネサワルコヨトル自体が、ではなく、イメージの利用のされ方が。
 

ゼーラーの『フェイェルヴァリー=メイヤー絵文書』解説を読んでいて、ついうっかり思いついてしまったネタ。

だって…「Tezcatlipoca, the Wizard」なんて書いてあったから……。
こちらの絵と併せて見るとさらにひどい。もっとも、「Tezcatlipoca, the Wizard」とは『フェイェルヴァリー=メイヤー絵文書』最終ページについて書かれた部分でしたが。つまりそういうことです。
たったこれだけのネタですが、描き上げるまでに異様に時間が掛かってしまいました。ウィザーソードガン難しい。メカ苦手。しかも作業中にソフトが強制終了して描き掛けのデータが吹っ飛んだり。あ、背景の魔法陣は素材をお借りしました。
それにしても、ウィザーソードガン……テポスマクアウィトル……マトレキキストリ……。
 

そういえば、ウィザードもプリキュアもパロディ以外でちゃんと描いてないなぁ。

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