Tasteless Blog

Archive for the ‘museum’ category

なんだかものすごく今更ですが、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
拍手・コメントありがとうございました。
 
さて、「私がドーナツを買っている間にまさかそんな」で触れた『ドキュメント20min.』「中南米“ゆるキャラ”奮闘記」 はご覧になりましたか?
中南米をPRするべく奮闘する森下館長の様子が見られて興味深かったです。BLAMその他美術館では何度かお会いしたことがありますが、大使館とかゆるキャラサミットとかのようなミュージアム以外の場でもいろいろ活動しているということが、前から聞き知ってはいたけれどより具体的に分かりました。BLAMだけではなく中南米そのものに対する関心が高まるといいですね。って、かくいう私もアステカでいっぱいいっぱいでなかなか手を広げられずにいるんですが……。
踊るペッカリーも見られましたが、番組中ではちょっと短かったです。実際にはフルで演ってましたよね、しかも3回ぐらい……取材に関わった皆様、お疲れ様でした。私は脇で見ていただけなので気楽なものですが、楽しませていただきました。
『ドキュメント20min.』「中南米“ゆるキャラ”奮闘記」 再放送は1月12日(土)午後3時35分~3時55分ですよ! 見逃した方も安心!

 
話は変わりますが、『にじのまんなか』『悪夢に夢を見るな』それぞれのトップ絵を年賀仕様にしております。どちらも微妙に解り辛いネタかもですが……。
『にじ』のは『アドバンス4』(スーファミの『スーパーマリオコレクション』の方が先か)版『マリオ3』にてラリーが草原の国の王様を蛇(『マリオUSA』の敵キャラ・ガラゲーロ(英語名Cobrat))に変身させたということから。
『悪夢』のは『マリアベッキアーノ絵文書』に描かれていたプルケの女神アトラコアヤ=テスカコアック。アトラコアヤとは黒い水あるいは黒ずんだもの、テスカコアックは鏡の蛇といった意味の名です。400羽の兎ことプルケの神々と関係のある、マヤウェルの同系統ないし分身・化身的存在と考えられている女神です。巳年ということでケツァルコアトル……は他の人が描きそうだしなぁ、と思いなるべくかぶらないような神様を選んだつもりです。
 
そうそう、ケツァルコアトルと言えば、「翼ある蛇」という意味であるとされ、鱗に覆われた蛇に鳥の翼をつけた姿の絵をしばしば目にしますが、しかしよく考えるとそれらは現代のものばかりで、アステカの絵文書等では鱗のかわりに羽毛で覆われた蛇という姿で描かれたものが多いような気がします。そこで、2013年最初のアステカネタブログ記事は「ケツァルコアトルは「翼ある蛇」か?」というネタで参ります。
 
『The Oxford Encyclopedia of Mwsoamerican Cultures』の「Featherd Serpent」の項によれば、羽毛ある蛇Feathered Serpentとは鳥の羽毛を蛇そして時として鰐やネコ科動物の体と組み合わせたものであり、ケツァルコアトルQuetzalcoatlとはケツァル鳥の羽根quetzalliと蛇coatlから成る名前です。
どうも重要なのは羽毛であって翼という要素はあまり考慮しなくていいような感じですが、なぜ現代においては「翼ある蛇」というイメージの方が一般的なんでしょうか……そっちの方が格好よさそうだから?
確かに、私としても「翼ある蛇」の方が絵にしやすい気がします。構図に変化が付けやすいし、鱗と羽毛の異なった質感の組み合わせも面白いし、何より翼というものへの憧れがあるし。
そんな訳で、「羽毛ある蛇」→「羽ある蛇」→「翼ある蛇」と言葉がずらされていったんだと思います。そして、「翼ある蛇」の絵を見た人々にそのイメージが刷り込まれ、彼らによって「翼ある蛇」が再生産されさらに広まり定着していったのでしょう。ゲーム『女神転生』シリーズの影響もいくらかあるかも知れません。私は未プレイなので詳しいことは分かりませんが、ケツァルコアトルの画像を検索していると件のゲームのケツアルカトル(なんでこういう表記なんだろう)の画像もちょくちょく出てくるので。
 
ところで、先に「ケツァルコアトルQuetzalcoatlとはケツァル鳥の羽根quetzalliと蛇coatlから成る名前」と書きましたが、このquetzalとかquetzalliがまた混乱の元というかややこしいものなんですよね。っていうか、学名Pharomachrus mocinno・和名カザリキヌバネドリのことをケツァールquetzalと呼ぶから紛らわしいんですよ。ナワトル語での呼び名に倣ってケツァルトトトルquetzaltototlにしておけばよかったのに。
あ、ケツァルトトトルとはケツァル鳥の羽根quetzalliと鳥tototlから成る名前です……って、いやいやこの説明はなんかおかしい! 日本語にはquetzalliを一言で表せる単語がないせいでこんなことに!
ケツァリとは辞書では「カザリキヌバネドリの尾羽(正確には上尾筒の羽根)」「緑色で長くて貴重な羽根」といった説明がなされます。非ナワトル語話者(というか、「ケツァリ」に1対1で対応するような単語を持たない言語の使い手)は自分たちの言語では説明的に訳さざるを得ないのでこんな書き方になるんですが、多分、ケツァルコアトルだのケツァルトトトルだのの前にまずケツァリという言葉があったんですよ。そして、ケツァリが生えている蛇がケツァルコアトルでケツァリが生えている鳥がケツァルトトトルなんでしょう。ナワトル語を話す人々が住んでいた辺りにはケツァル鳥は生息しておらず、羽毛のみがまず貴重な交易品としてもたらされたのだと思います(『フィレンツェ絵文書・第9書』にテノチティトランの交易商人ポチテカがマヤ系の人々が暮らすツィナカンタン(シナカンタン、現メキシコ・チアパス州)を現地人に変装して訪れケツァリを手に入れたことが書かれている)。その貴重な羽毛はナワトル語で「立つ」という意味のquetzに由来するケツァリという語で呼ばれるようになり、後にケツァリの持ち主である鳥が彼らに知られたとき、その鳥はケツァルトトトルと名付けられたのでしょう。また、その貴重な羽毛は天と地の生物の特徴を併せ持つ創造と豊穣の神を表すのに相応しいものとされ、ケツァリと蛇が融合したケツァルコアトルが生まれたのではないでしょうか。
少々話題がそれるかもですがそういえば、ケツァルコアトルに結び付けられる羽毛はケツァリだけというわけではないかも……『フィレンツェ絵文書・第1書』『プリメーロス=メモリアーレス』に書かれた人間の姿をしたケツァルコアトルの装束の解説では、背中にコンゴウインコの羽根飾りを付けていたというんですよね。そしてテスカトリポカの背中にはケツァリを入れた壺が負われていたなど、ケツァルコアトル以外の神々にもケツァリは用いられています。
 
なんだか取り留めがなくなってきたので今回はこの辺で。
まぁ今年も当ブログはこんな感じですよきっと。よろしければ今後とも御贔屓に。

ショチケツァルは最初はトラロックの妻だったがテスカトリポカが彼女を奪ったという有名なエピソードがムニョス―カマルゴの『トラスカラ史』にありますが、確か他にもピルツィンテクトリの妻だという話もあったよなぁと思っていくつかの資料を当たったところ、『メキシコの歴史(Histoyre du Mechique)』ではピルツィンテクトリの妻でショチピリまたはセンテオトルを産み、さらに彼らの子ではないがナナワトン(ナナワツィン)も育てたとか、『テレリアーノ=レメンシス絵文書』ではセンテオトルの妻だとか、いろんなバリエーションがあるらしいことが判りました。にも関わらず最初に挙げたバージョンばかりが紹介されるのは、やっぱりネタ的に面白いからなんでしょうね。そういえば『世界の神話百科アメリカ編』ではショチケツァルはショチピリの姉妹ないし女性配偶神とされていますが、この記述はゼーラーの「古代メキシコの宗教歌」にてショチケツァルがショチピリに相対するものとされていたり、ショチピリがセンテオトルやピルツィンテクトリと同一視されたりしていたことから来ているんでしょうか。
 
……とまぁこんなことをなんとなく考えつつ日々を送っているんですが、BIZEN中南米美術館(BLAM)の館長さん曰く「日本人の多くが持っている古代中南米に関する知識は大福で言えば美味しい中身をほとんど知らないまま薄~い表面の皮だけを食べてるようなもの。アステカ時代以前のメソアメリカの諸文化やマヤ文明の全体像や時代的深み、プレインカと言われるインカ以前のアンデス文明圏に咲いた諸文化のこと、そして日本には研究者すらいないような中間領域の実に個性的な文化の数々。それらがほとんど紹介されず、紹介されないから知らない。本当はそこが大福の美味しい部分なのに、皮だけ食べて満足してる」とのこと。私などはさしずめ「皮美味ぇ! 餡子も美味しいけどこの皮が好きだ!」と言っているようなものですが、しかしそれも餡子を少しでも味わってみたからこそなんだろうなとも思います。そして「皮が好きだけど餡子も食べたいよね。だって餡子も美味しいし」な気分になってきたので、またBLAMに行ってきました。BLAMが県内にあってよかった。いや、県外の方々にも観ていただきたいと思いますが。アクセスがあまり良くないのがなぁ……。
 
12/1より始まった『ペッカリーと愉快な仲間たち展』、初日に行ってまいりました。
古代中南米の諸文化を「ゆるキャラ」という観点から紹介してるんですが、これも古代中南米諸文化に対する興味を抱かせようとする工夫のひとつでしょうね。

 ↑『ゆるキャラさみっとin羽生』にて配布された資料の表紙
実際、日常生活において古代中南米を意識する機会はそうないだろうし(かくいう私も今に至るきっかけはたまたま『インカ・マヤ・アステカ展』の宣伝を見たことだったし)、こういうのなら取っ付きやすそうです。

 ↑ペッカリー(ヘソイノシシ)土偶
ペッカリー土偶はどうも副葬品ではなかったらしいですが、古代人も日常的にこういうものを眺めて和んでいたのかと思うと親近感が湧きますね。他にも、子供を抱いた母親をかたどった土偶を当時の記念写真のようなものだろうと展示パネルで言ってみたり、美術館とか出土品とかいった言葉が醸し出す堅苦しさ難解さを和らげようとしているのが感じられます。っていうか、あれこれ難しく考えるよりも、まずは作品から漂ってくる素朴さ・大らかさ・温かさ……などなどをこちらも素直に受け止めればいいんじゃないでしょうか。そんな気持ちになる展覧会でした。
もちろん、初心者にも親しみやすいだけでなくガチなマニアもじっくり見て楽しめるものです。

 ↑マヤ文明の王権の守護神カウィールを描いた土器
ところで、私が見に行ったときにはコンフント・アンデスによるギャラリーコンサートが行われていました。フォルクローレについてはあまり知識はないんですが、『コンドルは飛んでいく』『アンデスの祭り』『花祭り』などの私でも知っている曲があって嬉しかったです。以前ここで古代の笛の音を聞かせていただいたこともありましたが、地域・時代による違いこそあれやっぱり音楽は昔も今も楽しまれているものだなと改めて思ったものです。着ぐるみペッカリーがテーマソング「オイラ土偶のペッカリー」に合わせて踊ったりもしていました。


 ペッカリーの隣の海賊みたいな人はスペイン海軍の戦艦BLAMの館長もとい艦長
なお、ペッカリーやBLAMのことは来年1月9日(1月8日の深夜)午前0:25~0:45にNHK総合にて放送予定の『ドキュメント20min』で紹介されるそうです。全国放送です。踊るペッカリーも見られるのでお楽しみに!

 ↑取材の合間に休憩するペッカリー
 
そういえば、「古代メキシコの宗教歌」でも取り上げられているアタマルクアリストリの祭りの歌(『フィレンツェ絵文書』『プリメーロス=メモリアーレス』収録)、これのテキスト部分にはテスカトリポカは出てこないんですが、『プリメーロス=メモリアーレス』では挿絵の方に登場してます。花の咲く木に機をかけて布を織るショチケツァルの向かいに立っています。これはどういう意味のある図なんでしょう? テスカトリポカとピルツィンテクトリ・ショチピリ・センテオトルなどとの関連性・類似性についても調べてみたいです。

浄水器のコスト削減

7月 11th, 2012


ツタンカーメン展土産の定番? ツタンカーメンメン(麺)
 

先日、大阪のツタンカーメン展に行ってまいりました。
ツタンカ-メンの黄金のマスクやミイラが来ていないことにガッカリした人もいたのかとは思いますが、私はいずれもエジプトですでに見ているのでその辺は気になりませんでした。むしろ、この展覧会のために貸出中で現地では見られなかったものを見るために行ったのです。
展示品はさすがに素晴らしいものでした。当時の技術の粋を集めて作られた作品の数々にはやはり目を引かれます。よく古代エジプト本に写真が載っている隕石ガラスのスカラベが飾られた胸飾りやツタンカーメンとアンケセナーメンの睦まじい様子が彫られた厨子など、大きく引き伸ばされた写真からの印象が先行したせいか、第一印象は「小さっ」と思いましたが、かえって細工の細さに感心しました。アンク(生命のシンボル・)の形をしたアンク(鏡)のケースも見たかったので、見られて嬉しかったです。図録の説明に曰く、「生者の世界を映し出すものであることから、鏡は死後も生き続けることを暗示する高度に象徴的なものでもあった」とのこと。オーズファン的にも感慨深いですね。それと、ツタンカーメンの曾祖母チュウヤのマスク&棺。特にマスクは福々しい笑顔が印象的でした。マスク&棺と言えば、ツタンカ-メンの娘のも来ていました。娘たちのミイラはDNA鑑定の際に写真が撮られましたが、発見当時の写真と比べると明らかに崩壊が進んでしまっていたのは悲しいです。そんなになおざりな扱いを受けていたのかと……。
ともかく、人ごみを掻き分け掻き分けたまに押されてケースにぶつかったりもしつつ、堪能してきました。大勢訪れることを見越してか展示品それぞれの解説は少なめなので、図録でおさらいするのがいいですね。写真も綺麗だし。もっとも、現物の素材感を完全に再現は出来ないので(私的には珪岩の煌めきが特に印象深かった)、やっぱり現物あっての図録かなとも思ったり。
 

ツタンカーメン展を見たあとは大阪歴史博物館にも行きましたが、こちらも楽しかったです。地下に保存された難波宮の遺構を案内していただいたのはワクワクしたし、特別展の「ザ・タワー 都市と塔のものがたり」も面白かった。エッフェル塔改修案の数々、どれも実現されなくてよかったとは思うけど、色々あって興味深かったです。常設展ももっとじっくり見たかったので、また機会があれば行きたいです。
 

大量の銀杏

6月 18th, 2012

『悪夢に夢を見るな』トップ絵を更新しました。
ビックリマン風ショチケツァルですが、今回描いたものは習作というか叩き台というかで、今後さらに改良していければと思います。他の神々も描いてみたいですね。
ちなみに、なんでこんなものを描いたのかというと、以前私が描いたアステカ神の絵を見た母が「ビックリマンみたい」と言ったので、これはやるしかないと思ったからです。
ビックリマンシリーズでは世界観やストーリーなどは2000の方が私には合っていますが、絵柄に関してはTEAM ESAKA風よりグリーンハウス風の方が描きやすかった気がします。やっぱり子供の頃にいろいろ影響受けたからでしょうか。もちろん2000の絵も好きだし、2000には合ってると思います。
 
更新履歴に載せるほどではありませんが、「ショロトルが泣いたのは、」のスペンスによるショロトルが両目のない姿で描かれることに対する説明についての補足を少し加筆しました。
 
昨日は日生に行ってカキオコとか食べてBLAMも観てきましたが、その辺のことはまた後ほど。

BLAM(BIZEN中南米美術館)のメルマガによれば、『吉村作治の古代七つの文明展』に出張中のペッカリーたちが一時里帰りするので11/20(日)からしばらくBLAMで展示されるそうです。
しかしペッカリー、いつのまにカキオコ(日生名物・牡蠣入りお好み焼き)の守護神なんかになってたんですか。紀元前に現エクアドル辺りに住んでいた人たちはお好み焼きなんか知らんでしょうに……でも、こういうノリはわりと好き。
ああ、またペッカリーたちに会いに行きたいなぁ、チャックモールもいるかな、そしてついでに旬のカキオコを食べるんだ。
それはそうと、ペッカリーたちはいないけど11/3(木・祝)午後1時からと3時から、4(金)午後3時から、BLAM館長による館内ガイドツアーが行われるとのこと。館長さんには一度ガイドしていただきましたが、今はその時とは展示が変わっているからまたお話が聞きたい……けれど、3~5日はいとこの結婚式のために東京に行くことになっているのでした。いや、日程がかぶったからって祝う気持ちが薄れたりなんてことはもちろんありませんよ。

すっかりご無沙汰しておりました。書きたいネタはいろいろあったんですが、日常のあれこれに忙殺されておりまして……コメント返信は今しばらくお待ちください。

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とりあえずはこのネタから。
去る7/31、オリエント美術館にて開催中の『古代エジプト 神秘のミイラ展』に行ってきました。 古代エジプトのミイラとか死生観とかをテーマにしているという辺りは、同会場で以前催された『吉村作治の新発見! エジプト展 ―国立カイロ博物館所蔵品と―』と似ていますが、今回のは吉村先生はノータッチのようで(今は福岡で『吉村作治の古代七つの文明展』をやってるし)、「いや…私は古代エジプトの遺物を見に来たのであって吉村作治がお目当てという訳じゃないんですが…そこのところは誤解の無きよう……」な気まずさは感じずにすみました。ファンの方には悪いけれど、っていうか私もかつてはファンだったけれど、今となっては勘違いとかトンデモとかがひどくなってて、もうついて行けません。『古代七つの文明展』に行かれた方のブログによれば、【ピラミッドの7不思議】というコーナーで「ピラミッドパワーで果物や野菜も新鮮なままです。剃刀の刃も200回剃っても切れ味は落ちません」とあったのだとか……『古代七つの文明展』はいずれ岡山にも来るということなので、自分の目で確かめる機会もあろうかと思いますが、なんともはや……『定説はくつがえされる! ピラミッド・新たなる謎』(光文社/1992)に「ピラミッド・パワーの屁理屈」なる項を設けてましたよね、吉村センセイ。ついでに、Wikipediaのピラミッドパワーの項。なんというか、かつてファンだったからこそ見ていて辛いです。

……しまった、つい日頃「納得いかねぇ」と思っていることを漏らしてしまった。

ええと、『古代エジプト 神秘のミイラ展』です。オランダのライデン博物館の所蔵品による展示でしたが、どうやら私は1996年開催の『オランダ国立ライデン古代博物館所蔵 古代エジプト展』も見たことがあるようです。しかしその時は図録を買わなかったため、どんなものがあったのかはうっすらとしか思い出せないのが残念です。まぁ、残念残念とばかり言っていても仕方ないので、また新鮮な気持ちで見られるからいいんだということにしておきました。
以前「ライデン博物館と言えばホルエムヘブのレリーフとか有名だけど、さすがにそんなものは来ませんよね。今回イチオシのものは末期王朝時代の神官アンクホルのミイラだそうだし。第18王朝好きとしては末期王朝の頃にはそれほど興味は…というのが正直なところだけど、遺物の残り具合の関係か展覧会等で目にする機会が多いのは末期王朝とかグレコ・ローマン辺りのものですよね」と言いましたが、実際には結構新王国ものがあって新王国ファンとして嬉しかったです。そうそう、未完成で碑文等もないため詳細は判らないけれど、第18王朝最後のファラオとなったホルエムヘブが将軍だった頃にサッカラに築いた墓から出土した可能性のある像も来ていて、これは嬉しいサプライズ。っていうか、ちゃんと記録しておいてくれよ昔の発掘者。これだから宝探しは。19世紀には墓の一部は発見されていたそうだけど、完全に発見されたのは1975年とのこと。
今回の目玉のアンクホルのミイラを包んだ布は、今となっては薄茶色に色褪せてしまってますが、かつては赤かったそうです。墓や遺体に朱を施すというのは当ブログに関係ありそうな辺りだけでもマヤとかシカンとか、それに日本でもいろいろ例がありますが、やっぱり赤という色に生命力とかそういったものを見出していたんでしょうか。

話は前後しますが、展覧会を見る前に特別講演会に参加しました。中部大学准教授の中野智章先生による「パンとビールがお弁当? 食から見る古代エジプト社会」で、砂漠のイメージが強いエジプトだけど実は昔から農業が盛んで様々な作物が取れ豊かな食生活がといった話を、野菜や果物が山積みにされた現代の市場の写真や古代の壁画などの例を引きつつお話していただきました。古代エジプトではビールはパンと並ぶ重要な食料の一つで、酔うためというよりも栄養を摂るためのスープのようなものだったそうです。また、古王国時代と新王国時代とではビールの製法が異なっていたらしく、古王国のやり方では白ワイン風、新王国式ではどぶろく風のものができたということでした(古代エジプトの絵画は象徴的な表現で描かれているので事実をそのまま記録しているとは限らないそうだけど)。どんな感じのものだったのか試飲してみたいですね。
でもこの日飲んだのは、古代エジプトで栽培されていたエンマー小麦を用いて現代の製法で醸造したビール「ホワイトナイル」。本当はエジプト料理を供したかったけれど手配できなかったからエジプトを支配していたつながりでというトルコ料理のドネルケバブと共にいただきました。……ええ、いくつかあった特別講演会のなかから今回のを選んだ決め手は「軽食付」の文言でした。ビールもケバブも美味しかったですよ。古代の製法で作ったものを飲食して「不味っ! 現代人の口には合わんわこれー」とショックを受けてみるのもまた一興かなと思いちと残念ですが、わざわざお金を払って不味いものなんて食べたくないというのももっともだし、「すみません、不味いからもう無理です」と大量の食べ残しを発生させてしまうのもよろしくないから、やっぱり今回のやり方でよかったかと思い直しました。
あ、エンマー小麦の栽培ってトルコあたりで始まったそうだけど、どんな風にしてエジプトに伝わったんでしょうか。質問タイムに訊いてみればよかったなぁ……今頃気づいてどうする約翰。質問タイムと言えば、他の人と中野先生との質疑が聞こえたんですが、講演会で話が出てきた新王国時代のビールの製法(パンを水に浸し発酵させたものを使う)だと失敗しやすいうえにあまりアルコール度が高くならないので、限られた時期・状況で取られた方法だったかもしれないというような話でした。また機会があればもっと詳しく知りたいです。

再び展覧会の方に話を戻しますが、今回は図録を買いました。でもちょっと物足りないなというのが正直な感想ですね。もっと解説とかコラム等の読み物を充実させて欲しかった。でも、第21王朝時代に行われた再埋葬の際にラムセス2世のミイラに手向けられた青スイレンの花輪の写真が見られたのは収穫でした。リズ・マニカ(リーセ・マニケ)の『ファラオの秘薬』によればラムセス2世のミイラの花はカイロの農業博物館とパリ国立自然史博物館にあるようですが、オランダのライデン博物館も所蔵してたんですね。

美術館って疲れるよネ。
美術館って疲れるよネ、ホントに。頸や肩がこるし、足だって棒のようになるし…
でも、一度に全部見てやろうというのが間違いのもと。図書館だって、何度も通うじゃないの。美術館や博物館も同じ。少しずつ見なきゃ、そりゃ疲れるよ。
第一、勉強のつもりで堅くなるのがいけない。学校じゃないんだから、もっと大らかに遊んでみては。ここでは問題も自分で見つけるんだし、答えも一つじゃないし、無いかも知れないし、あっても正しいかどうか自分にしか分からない。でも、ほんとうはそんなもんヨ。
(『岡山市立オリエント美術館 展示あんない』より)

……美術館行きてぇーっ!
という訳で7/2からオリエント美術館で開催される『古代エジプト神秘のミイラ展』に行くつもりです。特別講演会の予約もしたし。
この展覧会にはオランダのライデン博物館の所蔵品が来るんですね。ライデン博物館と言えばホルエムヘブのレリーフとか有名だけど、さすがにそんなものは来ませんよね。今回イチオシのものは末期王朝時代の神官アンクホルのミイラだそうだし。第18王朝好きとしては末期王朝の頃にはそれほど興味は…というのが正直なところだけど、遺物の残り具合の関係か展覧会等で目にする機会が多いのは末期王朝とかグレコ・ローマン辺りのものですよね。
って、なんだか腐すようなことを書いてしまいましたが、楽しみにしてるんですよ。
どうでもいいけど、「ホルエムヘブ」と変換しようとしたら候補に「ホルエムへ部」と出てきました。なんだそれはホルエムヘブファンの集いか。かくいう私はファンというほどのものではありませんが、興味は結構あります。

それはそうと、本棚整理しないとなぁ……どうせまた展覧会で図録買うし。

スレッジハンマー

5月 11th, 2011

去る5月1日、古代中南米マニアなら脳汁出まくること請け合いのステキスポット・BIZEN中南米美術館(BLAM)に行ってまいりました。
今回の目的は何なのかというと、BLAMのアイドルことペッカリーをはじめとする主力収蔵品たちが他所での展覧会のために旅に出るので、しばしのお別れをすることでした。


『クフル・アハウの残輝』については以前の記事でも書いたので今回は省略いたします。
写真はいろいろ撮ったんですが(BLAMではフラッシュを使わなければ展示品の撮影が可能)、どうにも私の腕が悪いためなかなか写りの良いものがなく残念……しかしせっかく撮ったことだし、いくつかご紹介。

シカンの黒色土器です。ここでは「天犬帯同神像把手壺」という名称で展示されてましたが、シカン神の両脇の動物については以前デジタルミュージアムで開催された『黄金の都シカン展』では同様のものが「神話的なネコ科動物」とされてました。犬なのか猫なのか……?

これは確かマヤ……の土器。なんでこんなところに爺さんが生えてるんだとかこの爺さんは何者なんだとか疑問がどんどん湧いてきます。


モテクソマ(モクテスマ)2世の玉座・テオカリ石(聖なる戦いの神殿)側面のレリーフより、「燧石のナイフ」と「髑髏(死)」。いずれもこめかみに「煙を吐く鏡」を付けています。「煙を吐く鏡」の表現は『ボルボニクス絵文書』や『マリアベッキアーノ絵文書』に見られるものと似ていますね。テオカリ石のレリーフといえば正面の「ウィツィロポチトリ&テスカトリポカ(モテクソマ2世とする説も)」や背面の「ウチワサボテンに停まるワシ」が有名ですが、上手く撮れませんでした。余談ですが、テスカトリポカのレリーフで思い出しました。『世界の文化史蹟9 マヤの神殿』(石田英一郎編著/講談社/1968)には「奇妙なことであるが、トゥーラの彫刻には、戦争や死と関係のあるモティーフが充満しているのに、そのなかに、ケツァルコアトル神のモティーフが頻繁に現われ、戦争と死の神テスカトリポカは描かれていない」とあるんですが、『Mockeries and metamorphoses of an Aztec god Tezcatlipoca, “Lord of smoking mirror”』(ギレーム=オリヴィエ/コロラド大学出版/2003)によれば1985年にトラロックと煙を吐く鏡の主が表わされた角柱が建造物Bの北で発掘されたとのことです。この件について日本語で読める資料ってないんでしょうか? 相当重要な出来事だと思うんですけど……。あ、「古代中南米研究者なら英語やスペイン語は読めて当たり前だからいちいち訳さないよ」なんてのはナシでお願いしたいんですけど、駄目ですか……? 私は研究者どころかただの無駄毛の生えた初心者なんで、英語やスペイン語なんてとてもとても。ともかく、『Mockeries~』にはその角柱のレリーフを線画で写したもの、切り落とされた片足の先に煙を吐く鏡をつけた戦士の像が掲載されてました。で、こういうのを日本語の解説付きで見たいんですってば。需要がないのは百も承知ですけど、でも少なくともここには1つ需要があるんですよ! いやまぁその、たった1つじゃ採算が取れないことも承知ですけど!
……この「玉座」やチャックモール(いずれもレプリカ)もまた全国巡業の旅に出るとのことです。全国の皆様、お楽しみに! でも多分ここまで接近して撮影できるのは(多分)BLAMだけなんで、やっぱりBLAMにも来て下さい! BLAMの宣伝は広報大使の使命です!

そしてこれがペッカリー。エクアドルのチョレーラ文化のものですが、『吉村作治の古代七つの文明展 ~人と地球と太陽の船~』のサイトにてインカ・マヤ・アステカといったメジャーどころを差し置いて中南米代表になるほどのインパクト。このふてぶてしさと愛嬌を兼ね備えた佇まいが何ともいえません。グッズが欲しいなぁ、レプリカとか。
一通り見学した後、お土産を購入したり受付の女性と話したりしたんですが、とにかくBLAMはアクセスしづらいというか判りにくい場所にあるのがネックなのだと再確認しました。受付の方によればリピーターは多いそうなんですけど、まず1回目の来館が、とのこと……。リピーターの1人として申し上げれば、BLAMの魅力は見れば判るんですよ。見なければ判らないとも言えますけど!

お土産。
そして、窓口に置かれていた本も「よかったらお読みください」と貸してくださいました。

借りたからにはまた返しに行かないといけないんですが。いや、読んだことのない本も読めるしまた行く口実もできたし一石二鳥です。

「何だこの想像力の欠如を具象化したような建物は」宛のコメントに返信しております。

まったくもう、ワルズ・ギル皇子は今回も面白いなぁ。
パカチャマック、じゃなくてパジャマチャック、じゃなくてパチャカマック13世。

……いやいや、これは古代ペルーのシカン神です。もっともパチャカマック遺跡でもシカン神を描いた遺物は出てますけどね、ってそういう問題じゃないだろ約翰。
ええとその、今日が最終日だったんで行ってきたんですよ『インカ帝国のルーツ 黄金の都シカン展』。で、写真OKだったから撮ってきました。この展覧会については「やっぱり『インカ』とか『黄金』とかってキャッチーだよね、『シカン』だけじゃ何それで流されかねないもんね」などとちょいとひねくれたことを言いつつもしっかり楽しみにしておりました。
そして実は展覧会開始翌日の1月30日にも行ってたんですが、その時は撮影可能なことに気付かなくて撮ってなかったんです。
なんで1月30日だったのかというと、BIZEN中南米美術館(BLAM)の森下館長の講演が聴きたかったからです。という訳で以下、講演の様子を簡単にご紹介。
講演会場にて、司会の女性から紹介を受けて登場した館長さんがいきなり吹き鳴らした笛の音を聞いて「あ、これ! マヤの土笛!」と、約翰のテンションはさっそく上昇。
こうして始まった講演は『目からウロコの古代中南米』ということで、土蔵の中にあったお祖父さんのコレクションの古代中南米の美術品を遊び道具にしていた館長さんの子供時代のエピソードから、まずは子供の目で館内発掘を楽しみましょう、そして知識を持ってから改めて見るとより面白くなる、といった話を、BLAMの活動紹介なども交えつつ展開していきました。
館長さんの話にあった「片手に鳥瞰図、片手に虫眼鏡」という言葉は肝に銘じておこうと思いました。ほら、ウチってとかく細かいネタにばかりハマりがちじゃないですか……全体も見ないとね。
講演終了後、館長さんに「お久し振りです」とご挨拶に行きました。私の隣にいた女性が話している間、館長さんが美術館スタッフに黙って持って来たというシカン神の顔がついた黒色土器の壺をガン見していたら、視線に気付いた館長さんが土器を持たせてくださいました。いかにも重厚そうに黒光りするそれは手に取ると見た目の印象に反して軽く、不思議な感覚になりました。盗掘の際に付いたと思しき壺の背面の傷の補修跡の説明も聞けたし、いい体験をさせていただきました。
「最近アステカ神話関係の本を集めてて、自分で訳してみてるんです。要約とかいくつかの話を合わせたものとかはあっても、そのままを訳したものってなかなか読む機会が無いじゃないですか」と言ったら、館長さん曰く「需要が無いですからね」……そうですよね、無いですよね……。

館長さんと約翰。

展覧会の方も充実の内容でした。でなきゃリピートなんてしませんよ! 美術としても楽しめ、考古学的な興味にも応えてくれます。
黄金のトゥミ(儀式用ナイフ)は、同じものか類似のものかは判らないけど、とにかくこういうものは確か昔天満屋デパートでやってたペルー黄金展だったかなんかそんな感じの展覧会で見たことがあったな、あの頃はエジプトにハマったばかりだったからペルーまで手が回らなかったけど(って、今は今でアステカで手一杯になってるけど)、この形とか色とかシカン神の顔とかは以来ちゃんと印象に残ってる……と、なんだか懐かしい気持ちを起こさせるものでした。
シカン神の顔は多くの展示品についていましたが、その中には心なしか微笑んでいるように見えるものもあって、そのことが妙に印象的でした。
黄金のトゥミと並ぶこの展覧会のもうひとつの「顔」、黄金大仮面はやはりインパクトがありました。まず圧倒されるのはその大きさ。それから、デザインの不思議さや細工の細かさや使用されている素材の質感などにも目を奪われます。
会場内では発掘の様子のダイジェストなどいろいろなビデオが流されていましたが、シカンの特徴的なアイテムのひとつ黒色土器の再現実験のビデオは実際に本物の当時の土器を触らせていただいた後だったからか特に印象に残りました。
印象に残ったといえば、黄金の装身具を身につけたシカンのエリート男性想像図の前で小学校高学年ぐらいの女の子が「なんで王様なのにちゃんとした靴履いてないの?」とか「なんでこんなの鼻につけるの? これオシャレじゃないよ!」と親御さんを質問攻めにしていたのも頭から離れません。
他にもいろいろ面白いものはあったんですが、いちいち挙げていくとキリがないので割愛いたします。
しかし、こういう展覧会を見ると、やっぱり遺跡遺物はちゃんとした手順で学術的に発掘されてこそだよなぁとしみじみ思います。盗掘だと金銀宝石骨董品といった意味でのモノは手に入っても、出土した状況などを分析したりそこから推察したりすることによって得られる知識というお宝は大いに失われてしまいますもんね。

とまぁそんな感じで閉館時間ギリギリまで会場にいたんですが、帰るために下りのエスカレーターに乗ったら入り口の所に貼られていたポスターがさっそくベリベリとはがされていく様子が見え、展覧会の余韻に祭りの後的寂しさをぶっ掛けられてちょっと目が虚ろになりました。

『双子と分身』といえば、本筋とは関係ないんですけど、オメテクトリ・オメシワトルをそれぞれ「2人の首長」「2人の女性」と訳すのはおかしいんじゃないかという気がします。「2の首長」「2の女性」という方がより正確だろうと思います。ナワトル語の名詞は単数形と複数形で形が変わるから、「2人の首長」「2人の女性」という意味ならオメテテクティン・オメシワになるんじゃないかと。だからこの本は関係ないけどマクイルショチトルは「5輪の花」じゃなくて「5の花」、チコメコアトルは「7匹の蛇」じゃなくて「7の蛇」なんだろうと思います。
……などと書いているうちにマクイルショチトルのことが気になってきたので調べていたら、頭に黒曜石の鏡をつけているらしきミクテカシワトルの絵が『コスピ絵文書』にありました。これは何なんでしょう。『Los Dioses en los Codices Mexicanos del Grupo Borgia』を見てて気付いたんですが、この本スペイン語だから読めなくてそこから先に進めません。この本の原著はドイツ語だそうですが、ドイツ語も学生時代にやってたとはいえもうずっと触れてないから忘却の彼方だし(それ以前にドイツ語版は未入手ですが)。ああ、スペイン語を覚えたりドイツ語をやり直したり、しないといけないなぁ……。
……で、マクイルショチトルはどうなったんだ約翰。

話は変わるけれど、来年1月からデジタルミュージアムで始まる『黄金の都 シカン展』行ってみたいです。
アンデスの方はほとんど知識が無いんですが、中学生の頃に(確か)天満屋デパートで見たシカンの黄金のことは憶えています。図録などは持っていないのでかなり曖昧な記憶ですが。
できればBLAMの森下館長の講演日に行きたいです。BLAMといえば、カキオコも目当てに加えて日生にまた行きたいです、今ちょうどシーズンだし。って、年内には無理っぽいですけどね。
今年はもう10日しか無いって実感湧かないけれど、いろいろとヤバいということは解ります。

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