Tasteless Blog

古代メソアメリカのコーナーに小ネタ1個追加しました。
掘り下げが足りないというか見切り発車もいいところですが、あんまり温めすぎて腐らせてもなんだし……あ、はい、『世界祝福』。大丈夫です忘れてません、いつかきっと……。


去る22日、BIZEN中南米美術館(BLAM) http://www.latinamerica.jp/ に行ってまいりました。
「またかよ、もういいよ」とか言わんといてください、好きなんです。
ともかく、BLAM探訪記第3弾。3度目ということで閲覧者の皆様も大体お分かりでしょうから、基本的なことはもう飛ばしていきますよ。
 第1弾-1 第1弾-2
 第2弾

コパン王ワシャクラフーン・ウバーフ・カウィール。

今回は館長さんのご厚意により、展示の説明や裏話などを聞かせていただきました。
館長さんは気さくな雰囲気の話し上手な方で、興味深いお話を色々してくださったので、こちらもついついあれこれ訊ねてしまったり知ったかぶってしまったり。
BLAMはただでさえ影の薄い県である岡山の(東京の大学に通っていた頃、岡山出身だと言うと「……岡山ってどこだっけ?」と訊かれたものです)さらに端の方の日生にある小さな美術館ですが、その筋では有名なところだそうで、古代中南米ファンなら知っているであろう錚々たる先生方が協力されているとのこと。館長さんは留学中に杉山三郎先生と同じアパートに住んでいて、テオティワカンのケツァルコアトル神殿の発掘中に半ば埋もれたままのケツァルコアトルのレリーフを見せてもらったこともあるとか……ぁあ~、っ羨ましい~っ!

今年の常設企画展は「クフルアハウの残輝 / エピソード2(百花繚乱)」。去年の展示にさらに多くの遺跡の写真を追加してボリュームアップされています。
館内の展示や館長さんのお話などから、マヤへの熱い思いをしかと受け取りました。

ティカル王ハサウ・カン・カウィール1世のレリーフ。BLAMの前身である森下美術館がオープンした頃からあるもので、実物から直接型取りして作られたものですが、現在ではそんなことは許されないそうで、レプリカといえども貴重なものです。また、今となっては現地で雨ざらしになっている本物よりもこのレプリカの方が状態はいいのではないか、とか……ボナンパクの壁画なんかもそうですよね。
ところで、たいていの本では「ハサウ・チャン・カウィール1世」と書かれているこの王の名前がここでは「ハサウ・カン・カウィール1世」となっているのは、館長さんと親交のある八杉佳穂先生の説を立ててのことだそうです。以前から「チョル系じゃなくてユカテコ系の読みを採用してるのは、八杉先生の説にのっとってるんだろうな」と予想してたんですが、当たりましたね。

「クフル=アハウの肖像」で資料がないから適当な色をつけてしまったカウィール神ですが、土器ではこんな感じでした。カウィール神は王権などに関わる神だから、これも王族が用いていたものだろうと思われます。


これはマヤではなくペルーの土器です。
中の液体を注ぐ時に笛のような音がするそうで、息を吹き込んで鳴らしてみていただきました。ついでに触らせていただきました。
館長さん曰く、音がするのは宗教的な用途があるのかと研究者の方に訊ねたところ、それもあるかもしれないが、音がすると楽しいからでもあるだろうといった答えが返ってきたとか。
音といえば、マヤの土笛も演奏していただきました。うまく写真が撮れませんでしたが、BLAMサイト内に写真があるので(「今月のクローズアップ」2008年5月)そちらをご覧ください。
よく響く高い音で、これをジャングルの中のピラミッドの前なんかで聴いたらもうゾクゾクするだろうなぁと思いました。


今回の個人的なお目当て、テノチティトランのテンプロ=マヨールのチャックモール(レプリカ)。
一昨年~昨年に各地を巡回していた「インカ・マヤ・アステカ展」の閉幕と共に役目を終えた彼は、現在BLAMの2階で第2の人生を送っています。
「インカ・マヤ・アステカ展」では高いところに置かれていて見上げることしかできませんでしたが、ここではこんなに近づけます。写真もOK。


ふんどしもバッチリです。
っていうか、古代中南米モチーフで何か作品を作りたいという人の取材にも役立つと思いますよここ。フラッシュを焚かなければ写真OKだし、取った写真はサイトにアップしてもいいっていうかむしろ歓迎されてるぐらいだし。自分で撮った写真なら著作権の心配もありませんよね(著作権者がいるので、写真パネルの撮影はNG)。

他にも色々興味深い話や展示があったんですが、キリがないので……詳しく知りたい方は、ぜひ美術館にどうぞ。
初心者でもマニアでも、それぞれの楽しみ方ができる場所です。マジお勧め。
そうそう、私はこのたび「BLAM広報大使」に任命していただきました。これで今後は「お前はBLAMの回し者か!」と言われても、「いや、広報大使だ!」と言い返すことができます。

なんだかコクッパ7人衆が再登場するらしいですね!
……Wiiで。
なんだよもうWiiなんて持ってねぇよゲームする時間もねぇよもう。嬉しいのに悔しい。
ところで、クッパJr.も出るんでしょうか? ラヨシュ的には、コクッパ7人衆だけがクッパの子供の世界とクッパJr.だけがクッパの子供の世界とはパラレルなので、一緒には出して欲しくないです切実に。
もし一緒に出てしまったら、その時は相当ショック受けるだろうから、今から心の準備をしておいた方がいいかもなぁ……。

次回の更新はきっと誰も喜ばないと思います。でも約翰がやりたいネタだからやります。
まぁ、いつアップできるかはさっぱり不明なんですが。本読む時間もねぇよもう。

緑内障の疑いはとりあえず晴れましたが、通院はまだ続けないといけません。
そして副鼻腔炎の治療も終わらない……またCT撮るなんて、財布に深刻なダメージがあるんですけど(←気にするところはそこか)。
薬の副作用で体のあちこちが痒いですが、ほとんど治まっている病気の症状よりもむしろこっちの方が気になってます。
しかし副作用、食欲不振ってのもあるみたいなんですがそっちはぜんぜん感じませんね。食欲はむしろちょっとぐらい減って欲しいものですが……座敷荒らしの相手で消耗するのは体力だけでカロリーは使われないのが悔しくて悲しくて仕方ありません。

足の爪が少し割れた

8月 10th, 2009

ショロトル話、さらに追記。
「ショロトルは仲間の神々が死ぬのを悲しんで泣いたあまり両目が流れ出してしまった」という記述の出所は『メキシコの神話伝説』だろうかという話をしましたが、『The Myths of Mexico and Peru』以外の参考文献は確認できていないので、リストの中にあったいずれかの本にそういうのがあったかもしれない、『The Myths of Mexico and Peru』にはショロトルの紹介のみで神話のエピソードはなかったし……などと後から気になってきたので、書き添えておきます。
それでも、『フィレンツェ絵文書』『太陽の伝説』『絵によるメキシコ人の歴史』以外のバージョンの伝承について知らない以上断言はできかねますが、しかし少なくとも日本においてその設定を広めたのはおそらく『メキシコの神話伝説』なんじゃないかと思います。
あの本には参考にしたテキストにない描写を追加する傾向があるということは、『The Myths of Mexico and Peru』との比較だけでも十分判るし……ウチのギャラリーの『巫術師の悪計』に添えた引用文もそうです、話自体は『The Myths of Mexico and Peru』の『Tezcatlipoca and the Toltecs』に拠っているんですが、あの台詞は元テキストにはありませんでした(Tezcatlipoca and Tlacahuepan on another occasion repaired to the market-place of Tollan, the former displaying upon the palm of his hand a small infant whom he caused to dance and to cut the most amusing capers. This infant was in reality Huitzilopochtli, the Nahua god of war. At this sight the Toltecs crowded upon one another for the purpose of getting a better view, and their eagerness resulted in many being crushed to death. So enraged were the Toltecs at this that upon the advice of Tlacahuepan they slew both Tezcatlipoca and Huitzilopochtli. When this had been done the bodies of the slain gods gave forth such a pernicious effluvia that thousands the Toltecs died of the pestilence. The god Tlacahuepan then advised them to cast out the bodies lest worse befell them, but on their attempting to do so they discovered their weight to be so great that they could not move them. Hundreds wound cords round the corpses, but the strands broke, and those who pulled upon them fell and died suddenly, tumbling one upon the other, and suffocating those upon whom they collapsed)

今朝のディケイドに出てきた敵の「十面鬼ユム・キミル」はマヤの死の神「ユン・シミル」から来ているんでしょうか? 中南米のジャングルつながり? アマゾンとユカタンはずいぶん離れている気もするけれど。

『フィレンツェ絵文書・第7書』が届いたので、さっそく踏み台昇降運動をしながら読んでおりました。
そうしたら、第5の太陽に生贄を捧げるくだりで、意表を突かれる展開が。
「え……ショロトルが泣いたのは他の神々が死んでしまったのを悲しんだから、なんて理由は書かれてない……?」
いや、ショロトルといえば「他の神々が新しく創造された太陽を動かすための生贄として死ぬのを悲しんで泣いたあまりに眼球が流れ落ちてしまった」というエピソードが有名ですが、『フィレンツェ絵文書・第7書』にはその記述はないんですよね。
この本でもショロトル、泣いてはいるんです。けれど、「それから神々を殺すことがエエカトル(=ケツァルコアトル)の役目となった。しかし次に述べるように、ショロトルは死ぬことを望まなかった。彼は神々に言った「私を死なせないでください、神々よ」。彼はあまりに泣いたので、彼の眼と瞼はあふれ出してしまった。そして死が彼に迫ったとき、彼はその場から逃げ出した」……なんか、この文章からは、ショロトルは単に自分が死ぬのが嫌で泣いて、挙句逃げ出したように取れるんですけど(訳のしょぼさはご勘弁を)。
というか、「仲間の神々が死ぬのを悲しんで」という記述の出所はどこなんでしょう?
そう思って、『メキシコの神話伝説』のショロトルの項を読むと、そこには確かにこうありました「なぜに目の玉を持っていないかということは、説明に苦しまざるを得ぬ。もっとも後で説くように、一個の神話に従えば、自分の仲間の神々が死ぬのを悲しんで、あまりひどく泣いたために目の玉が二つながら飛び出してしまったというのであるが、こうした説明はあてにならぬ」
それから、これに対応する記述がネタ元の『The Myths of Mexico and Peru』にもあったはずだと思い調べると、「彼は空っぽの眼窩を持つ姿で描かれるが、神話が説明するところによると、新しく創造された太陽に生命と力を与えるために神々が自ら犠牲となることを決意したとき、ショロトルは引き下がり、そしてあまりに泣いたため彼の両目は眼窩から落ちてしまった」と書かれていましたが、「仲間の神々が死ぬのを悲しんで」とは言っていないんですよね。
そういえば、他の神話や神々の解説をしている本ではそういう記述はあまり見覚えがないような……アステカ神話を扱うウェブサイトではちょくちょく見かけるけれど。そしてその多くは『メキシコの神話伝説』を参考にしていると思しい記述を含んでいるような。
……ということは、『メキシコの神話伝説』が出所ということでいいんでしょうか? あの本、著者の想像で加筆している箇所が多いもんなぁ……その分読みやすいし面白いんだけど。

追記……第5の太陽の創造に関する話で私が読んだことがあるのは、今回ネタにした『フィレンツェ絵文書』のものの他に、『太陽の伝説』のと『絵によるメキシコ人の歴史』のとがありますが、そのいずれにもショロトルは絡んできませんでした。
他のバージョンもあるようですが、生憎それらについては判りません。
しかし、第5の太陽の創造について紹介する際には『フィレンツェ絵文書』のか『太陽の伝説』のか、あるいはこれら2つを併せて再構成したものが提示されることが多いようで、とすると、少なくとも現代において特に重要とみなされている話ではショロトルは仲間の死を悲しんで泣いた訳ではないようだと思います。
若干余談気味ですが、ウィキペディアのショロトルの項には「ショロトル(Xolotl)は、アステカ神話の金星の神。炎と不幸の神でもある。 ケツァルコアトルの双子とされる。脚が後ろ向きの犬の姿をしており、その眼窩は空洞である。かつて神々が太陽を作り出そうとしていた時、 多くの神々がその身を犠牲にしなければならなくなった。 ショロトルは嫌がったが、 他の神々はこの世に太陽をもたらすために、その多くがその身を太陽に捧げていった。 かくして太陽は完成したが、ショロトルは仲間のいない寂しさに耐えられずに号泣し、余りの涙の量に両目玉まで流れ出てしまった。 そのため、ショロトルには眼球がないとされている。別の説では、太陽の生け贄になる事を嫌がり、水の中に逃げ込みアホロートル(ウーパールーパー)になったとされている」とあるんですが、『フィレンツェ絵文書』によれば、ショロトルは泣きすぎて目玉が流れた後に逃げて二股のトウモロコシ(ショロトル)やらリュウゼツラン(メショロトル)やらに化けた後、水の中に逃げ込みアホロートル(アショロトル)に変身したものの結局殺されているので、目玉が流れた話とアホロートルになった話とは別の説ではなくつながっている話なんですね。

拍手コメント
(さらに…)

それでアステカでは男色は御法度だったかということをちょっと調べてみたんですが、ソリタの『ヌエバ・エスパニャ報告書』によれば「男色を犯した者がいないかどうか調べるときには、ひじょうに綿密に調査がおこなわれ、それによって死刑が科せられた。男色は大罪とされ、野獣の間ですら存在しないと言われた」とありました。
それから、『Smoking mirror』のコメントでテスカトリポカについて「水煙が立ち上る湖面のイメージなんかもあるとか何かで見たような気もします」と書きましたが、出所は『絵によるメキシコ人の歴史』英訳版の補遺でした。さらに気になって調べてみたら、ナワトル語で水面のことはアテスカトルatezcatlというんですね。水の鏡…なるほど確かにテスカトリポカと関係ありそうな気がしますが、実際のところどうなんでしょう?
テスカトリポカと関係ありそうといえば、木星のことをナワトル語でテスカトリポクトリTezcatlipoctliというようですが、これは何なんでしょう。『メキシコの神話伝説』に「ナフア族の間にあっては、神々の首領として、(中略)ローマ神話におけるジュピテル」とあったけれど、それとはまたニュアンスが異なる気がしつつ、そういえばテスカトリポカのライバルとされるケツァルコアトルは金星の神だけれど、その辺は関係ないんだろうっていうかそういえばマヤ・アステカあたりは天文学が発達していたとはいうけれど、金星以外の惑星についてはあまり話題にしてませんよね彼ら、と考えてみたりする。逆に言えば、何で金星だけがそんなに特別視されるんでしょう? ちなみに、金星を表わすナワトル語はトンキトルtonquitl・ トンキトリtonquitli・シトラルポリcitlalpolli……だそうです。

話は変わりますが、桃太郎まつりに夕方から行ってきました。
前から見てみたかった「うらじゃ踊り」が見られてよかったです。曲がなんかいいなと思ったのでCDは持っていたんですが。
ああいう踊りなんかもやってみたら楽しいんだろうなと思いましたが、どうやって始めたものでしょう? まぁ今はそれどころじゃないけれど。
でもやっぱりああいうの楽しそう。参加すれば見ているのとはまた違った楽しさがあるんでしょうね。
余談ですが、去年の夏にうらじゃのCDを買ってからしばらく聞き続けていて、で、そのときネサワルコヨトル(テノチティトラン・トラコパンと共に三国同盟を結んだテスココの王、詩人・哲学者としても有名)について調べていたため、ネサワルコヨトルのことを考えるとうらじゃの曲が脳内で流れるという条件反射ができてしまいました。

うらじゃ踊りの後は花火大会を見ましたが、見やすい場所はすでにビニールシートやガムテープなどで領有権を主張されていたため、木の陰で見えづらいところしか取れませんでした。しかも大音量で娘がおびえて大変でした。
花火は綺麗だったんですけど。綺麗だったんですけど。
娘がもう少し大きくなれば一緒に楽しめるんでしょうが(屋台の食べものやらおもちゃやらねだられそうですが)……トラウマになってないといいなぁ。
っていうか、久し振りに浴衣が着たくなりました。帯はどこにしまったっけ……?

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