Tasteless Blog

遅筆な上に忙しいんだからと年賀状に取り掛かり始めました。
しかし集中力が続いている間はいいけれど、いったん切れてしまうととたんに進まなくなってしまうのが困りもの。
気分転換にとネットにつないでしまったり本を読み出したりしてしまうともう……気がついたら時間がなくなってて激しく後悔。
あー『プリメーロス=メモリアーレス』面白ぇ。やけくそか。
短い時間で効果的にできる気分転換ってどんなのがあるでしょう?

年賀状ソフトのシリアルナンバーを紛失してしまい更新できなくて困っているとか衣替えもやっておかないととか、もうね。

アステカ時代のチョコレートについて調べていたとき、偶然見つけた「Aztec Hot Chocolate Pudding」なるものを作ってみることにしました。
当時のアステカ人はプディングだなんてそんなもの食べてなかっただろうということはこの際どうでもいいです。
アステカ人が食べていたと言えば、グラニュー糖を「百年の蜜」(リュウゼツランのシロップ)に変えてみました。その方がカロリーが抑えられるし。

……どうやら途中で作り方を間違えたようです。多分ソースは生地と一緒に焼くんだった。
でも味はおいしかったですよ。トウガラシとラム酒が効いてて大人向けですね。


月曜から金曜までグアムに行っておりました。
いや、妹の結婚式のためだったから、オンリーと近い時期になってしまったのもこちらではいかんともしがたいことで……。
それはそれとして、式はよい式だったと思います。グアムは雨季なので心配していた雨にも遭わずすばらしい景色が堪能できたし、何より2人が幸せそうだったので。
どこに出しても恥ずかしい悪ガキことウチの娘は途中退場を余儀なくされましたが。
姉の私が言うのもなんですが、妹はいい娘だし、相手もよく気がつく優しい人なので、きっといい夫婦になれると思います。

その後は帰国まで観光などして過ごしました。
<アプガン砦>

<恋人岬>

<お土産>

以前旅行した両親(特に父)が絶賛するだけあってよかったです、グアム。
「いやぁ、わざわざアクティビティに参加するより、ホテル前のビーチでシュノーケリングする方がいいわ。魚たくさんいるし」
「うん、シーウォーカーとか綺麗じゃったけど、自分の好きなようには動けんかったもんな」
「リンリンちゃんがもっと大きくなったらまた連れてきたいなぁ」
「そうじゃなぁ」
なんかもう、また行く気満々ですねウチの旦那。いや私もですが。
まぁグアムなら岡山空港から直行便が出てるし(しかしあの田舎のちっちゃい空港が国際空港だというのは実際に利用していても信じがたい事実だ)。
たぶん次回行く時には折りたたみ自転車持参です。

それにしても、案ずるより生むが易し…とは行かなかったのが子連れ旅行。
「普通の子の倍は悪い」と言われるウチの娘はどこに行ってもお騒がせな存在でした。こんな所で言っても詮無きことではありますがすみません。
特にディナーショーの時が凄かったなぁ……ポリネシアンダンスのリズムに血が騒ぎ、激しく踊りまくり、ディナーを賞味していた私や私の両親を観客として引っ張っていき、それでも足りないとばかりについにはステージに乱入かます始末。ステージ上で飛び跳ねる一歳児のハジけっぷりを見て、「ああこの妙なところで悪目立ちする辺り、確実に私の血を引いている……」と実感したものでした。
あ、さすがに退場させましたとも、危ないし邪魔になるし。
とまれ、そんな娘もまたグアムを満喫していたようでした。帰りたくないと駄々をこねるほどに。うん、また行こうな、またいつか……。

ところで、グアムでは存在すら忘れていた蚊に日本に帰国してから刺されまくるってどうなんですか。

おでんを作りすぎた

10月 17th, 2009

『世界ふしぎ発見!』を観ていて、「いいなー、リヴァプール行きてー! 『フェイェルヴァリー=メイヤー絵文書』見てー!」と思ったのは私だけではないと思います。

図書館で借りてきた『[図説] 人類の歴史7 新世界の文明 南北アメリカ・太平洋・日本』(ヨラン・ブレンフルト編集代表/大貫良夫監訳・編訳/朝倉書店/2005)を読み始めました。
読みかけで脇にやってしまった本の山は措いといて、やっぱりこうウチのサイトでも基礎的なことをもうちょっと取り上げるべきかなぁと思いました。自分でも解ってるつもりで、実はよく解ってなかったということもありそうだし。
まぁそれはおいおい考えるとして、マヤ文字に関して「マヤ文字碑文は、ティカルやパレンケ、コパン、カラクムルといった遺跡から、多数の小都市遺跡まで、主にマヤ低地で古典期に繁栄した遺跡で発見される。スペインによる征服の折、この広範な地域にはマヤ諸語の中でも二つの語派に属す人々が居住していた。すなわち、チョラン語とユカテク語である。現存するマヤ文字碑文の大多数が、この二つの言語で書かれていると考えられている」とありました。とすると、チョラン語で読んだ方がいい碑文とユカテク語で読んだ方がいい碑文とがあるということでしょうか? この本はちょっと古いので(原著は1994年刊)、ティカル1号神殿に埋葬されていた王の名が「アフ・カカオ」になってたりしますけど……で、彼の名は「ハサウ=チャン=カウィール」なんですか、「ハサウ=カン=カウィール」なんですか?
それにしても、「南北アメリカ・太平洋・日本」というくくりは面白いですね。しかも「新世界の文明」。日本人から見た「日本史」とはまた違ったアプローチが見られそう……って、こういう面白がり方はやっぱり私が日本人だからなんでしょうか。とりあえず、「乾燥したカツオのフレークはカツオ節で、ダシ用に使われる」というくだりでは「カツオのフレーク……いや、削る前の塊もカツオ節だけどね…っていうか、フレーク…うん、まぁフレークだ……」とか考え込んだり。

あんこ

10月 17th, 2009

『The Drawings of Sahagun’s Primeros Memoriales: Structure and Style』適当に開いたところから読んでます。とりあえず流し見といった感じなので、内容はほとんど頭に入っていきません。
読んでて疑問が出てきたんですが、『ボルジア絵文書』ってプエブラ州のチョルーラで製作されたと思われるんですか? チョルーラといえばケツァルコアトル信仰が盛んだった町だそうですが、そこでの儀式等のテノチティトランのと共通することや異なることなどについても知りたいです。とりあえず、(アステカの暦に関するドゥランの説によって解釈するなら)チョルーラではティティトルの月末にケツァルコアトルの化身とされた奴隷を生贄にしていたとか、『ボルジア絵文書』にはウィツィロポチトリが出てこない(彼はメシカ族だけの神だったからでしょう)こととか、そういうことは知ってるんですが、それしか知らないともいう。
『ボルジア絵文書』といえば、テスカトリポカのアシストを受けつつケツァルコアトルを生贄にしたり他にもなんか色々したりしている通称「ストライプ=アイ」って、いったい何者なんでしょう? 正体がはっきりしないせいか、アステカ神話について解説している本にもまず出てこないという……重要そうなキャラなのになぁ。他の資料には出てこないから確かめにくいとか?
……で、『The Drawings of Sahagun’s Primeros Memoriales: Structure and Style』はどうなんだ約翰。いやまぁその、まだよく読めてないので……。

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妹の結婚式に行くにあたり、道中その他の暇つぶしに読む本について思案中。
昨日届いた『The Drawings of Sahagun’s Primeros Memoriales: Structure and Style』は読みたいけどかさばるしなぁ。ほぼA4サイズのハードカバー……。
例によって例のごとく中身についてはまだチラ見しかしてませんが、先に買った『プリメーロス=メモリアーレス』について分析した本のようです。
イラスト担当者が何人いて、とかそんなことも判るよう。
神々の姿を描いたイラストを見ると、ああこれは『フィレンツェ絵文書』のプロトタイプなんだなぁと思った……のはいいんですけど、カラーイラストをモノクロで印刷してるのが見辛くて見辛くて。明るさとかコントラストとかもうちょっとなんとか調整できんかったんか!と憤りを感じました。細部の比較とかしたかったのにー。線画に起こしたのもあったけど、小さくて見辛いしー。
それでも何とか見た印象では、『プリメーロス=メモリアーレス』のより『フィレンツェ絵文書』の絵の方が幾分簡略化されているような気がします。書き写していくうちにちょこちょこ変わってしまった模様。

……で、どの本を持っていこう?

ビックラーの皆様の中には東京オンリーに参加された方もおられるかと思いますが、約翰は自転車耐久レースに参加しておりました。
いや、レースに出るためにオンリーをやめた訳ではなく、オンリーに出られそうもないことがはっきりしてからレースに出ることにしたのですが。来週に妹の結婚式があるんですが、2週連続で泊りがけの外出というのはいろいろと無理がありまして……。
とまれ、レース。旦那の会社の人達数人とで参加したんですが、交代で走ったため私1人で走った距離はたいしたことありませんでした。きついのはきつかったけれど、もう少し走ってみたかった気もします。
しかしそれより大変だったのが、待っている間娘を見張ること……はじめての場所、にぎやかな場所でもう冒険心が抑えられなくて大事でしたよ。改めて来週が心配になりました。
そういったあれやこれやはありましたが、おおむね楽しい1日でした。
っていうか、もっと運動しないとなぁ……。

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そういえば、鳥の姿のテスカトリポカ、具体的には何の鳥なんでしょうか? チャルチウトトリンとはまた別だから七面鳥じゃないし。
テスカトリポカの姿といえば、『ボルジア絵文書』に出てくるケツァルコアトルの嘴とアクセサリーをつけたテスカトリポカはいったい何なんでしょう。
逆に、『テレリアーノ-レメンシス絵文書』『バチカンA絵文書』ではケツァルコアトルの神官がテスカトリポカの胸飾りをつけていたりもするし。
調べれば調べるほど解らなくなっていきます。

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犬電話

10月 9th, 2009

『テレリアーノ-レメンシス絵文書』を読んでいてふと気になったことがあったので、『バチカンA絵文書』『ボルボニクス絵文書』『オーバンのトナラマトル』なども見てみたんですが、これらではどうもトレセーナの守護者としてのテスカトリポカはイシュクイナあるいはトラソルテオトルとの組では鳥の姿(チャルチウトトリンとはまた別物)、ショチケツァルとの組ではコヨーテ(?)の姿で書かれているようですね。どういう理由からなんでしょう?

このサイトの『踊るウィツィロポチトリ』のページを見返していてまた気になったので、『フィレンツェ絵文書・第3書』の例のシーンをもう一度読んでみたんですが、やっぱりウィツィロポチトリ(と言われているもの)を掌で踊らせて見せたのも石を投げるようトルテカ人をそそのかしたのもトラカウェパンでした。
英訳版の脚注によれば、「概して、この章において、この後の悪魔についての言及は明らかにテスカトリポカをトラカウェパンとははっきり異なったものとしている」とあります。にもかかわらずトラカウェパンじゃなくてテスカトリポカとしている解説書が多いのは、テスカトリポカの方が妥当だと考えられたからなんでしょうか? 『The Myths of Mexico and Peru』(そして『世界神話伝説大系16 メキシコの神話伝説』)では、ウィツィロポチトリを踊らせたのはテスカトリポカ、石を投げるようそそのかしたのはトラカウェパンというように役割分担させてましたが、あれはむしろアレンジの範疇に入りそう。

トップ絵変えました。
ネタを思いついたのはかなり前だったので、やっと描けてスッキリ。まだ温め中のネタは色々あるんですけどね。
今年の東京オンリーは日程の都合がつかないために不参加ですが、いつか復帰できたらいいなぁと思いつつペチ話の構想を練ってます。今回の更新はペチ関係ないけど……。
もっと色々ペチにくべてやりたいですねぇ。
しかし次回作はたぶん年賀状です(突発的に小ネタをやることはあるかもですが)。なかなか時間が取れないもので……せっかく買った本も気になったところをチョコチョコ読むぐらいしかできませんよ、数ヶ月前に注文していたものの発売延期になってしまっていたのが昨日ようやく届いた『トルテカ・チチメカ史』もまだイラストしか見られてません。

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