Tasteless Blog

ここ数日落ち込みっぱなしだったラヨシュですが、ようやく浮上してまいりました。
コメントとか拍手とか、大変励みになっております。ありがとうございます。
約翰もラヨシュも構ってちゃんなので、閲覧者の方々から反応をいただけると大いに喜ぶんですよ。
あ、でも「お前の作品やサイトの内容なんかはどうでもいい。お前の持ってる情報や資料だけよこせ」みたいなことを言ってくる人が時々いるんですが(実際にはここまで露骨にそのものずばりな言い方じゃありませんが、要約するとこんな感じってことで)、そういうのは勘弁してくださいね。多分、言ってる方には悪気はないんでしょうけど、言われた方には大ダメージなので。

……とまぁ、そんな話はさておき、『そして船は行く 完全版III』を読みました。
ああもう続きが気になる! ……次が最終巻なのは寂しいな。
主役2人の宿敵・ロシュがこの巻でついに姿を表わしましたが、なにやら深い狂気を窺わせる素敵な悪役ですね。見た目や物腰が紳士的なのがかえって怖くていいです。っていうか「軽いアズテックジョーク」って。ええ、ギャグも効いてます。
コルテスの宝船は何故消えたのか? 手がかりとはいったい?
手がかりの1つを握る伝説の海賊キャプテンキッドもナイスなおっさんです。やっぱり『ワールドヒーローズ2』のキャプテンキッドが原型なんですかねぇ? いや、それと関係なく見ても、いいキャラですけど。
本当、面白いマンガだと思うんで、お勧めします! 別に『ワーヒー』ファンという訳ではない父に読ませたところ(入院中の暇つぶしにと貸してたんでした。なお、今は退院して仕事も再開してます)、「このマンガ面白いなあ! 何の雑誌に載ってた?」と言っていたので、私の思い入れ補正は関係ないと思います。思ってくださると嬉しいです。
機会があれば、ぜひ一読を。当ブログから公式サイトにリンクも張ってますよー。

ニルツェ! 白暁さんが素敵なイラストを描いてくださったり、海外の方々からウチのアステカ絵が気に入ったという反応を頂いたり、すっかり調子こいている約翰であります。

アステカの神様の中には妻帯者が結構いますが、そういえばウィツィロポチトリの配偶者の話って聞かないなぁ、とふと思いました(って、前にもそんなこと言ったな)。ひょっとして、彼を破滅させようとする姉妹のせいで女性不信になってしまったとか……って、何を阿呆なことを言ってるんだ約翰。でも彼はホモも嫌いそうだから(アステカでは男色はご法度)、「色恋沙汰など無用! ただ戦いあるのみ!」みたいな感じなのかなぁ……って、だから何を言ってるんだ約翰。

ところで、ウィツィロポチトリの妹マリナルショチトルのヴィジュアル資料が見つからず難儀しております。美しいということしか判らない……約翰の脳内では暫定的にマリナリの絵文字(頭から草が生えた髑髏)の擬人化になってしまってますが、盛大に間違っているはずです。

テスカトリポカの妻としてはトシュカトルの祭りに関して4柱の女神(ショチケツァル・シロネン・アトラトナン・ウィシュトシワトル)の名が挙げられますが、改悛者の懺悔をテスカトリポカに取り次ぐとされるトラソルテオトルの名は出てこないんですよね。これも以前お話ししたことと関連しますが、テスカトリポカがトラロックの最初の妻を奪ったという神話について。その最初の妻とはトラソルテオトルなのかショチケツァルなのか……『メキシコの神話伝説』『マヤ・インカ神話伝説集』(共に原著は1928年初版)及びその参考文献『The Native Religions of Mexico and Peru』(1884年)『Mythologies of Mexico and Peru』(1913年)ではトラソルテオトルになっていますが、近年の本ではもっぱらショチケツァルになっているようです。この神話の原典とされる『Historia de Tlaxcala』ではショチケツァルとなっていたので、多分ショチケツァルなんじゃないかと私は思うんですが……『The Native Religions of Mexico and Peru』や『Mythologies of Mexico and Peru』が書かれた頃には、トラソルテオトルとショチケツァルを同一視する見解が一般的だったということでしょうか? そしてその後の研究で、関連はあるけれど同一の存在となるほどではないという見方が主流になっていったとか?
でもショチケツァル、他の史料ではピルツィンテクトリの妻だったりセンテオトルの妻だったりもするんですよね。また、トラロックは最初からチャルチウトリクエと夫婦としてセットで創造されたという神話もあります。

こうした神話のバージョン違いについてですが、「これが決定版!」というのは多分ないと思います。地域や時代によって色々変わったりするものだろうし。無理やり統合して1つのまとまった話を作ろうとするのも何か違う気がするんですよね(「神話を基にした創作物語」ということなら全然OKですけど)。少なくとも、「我らが守護神ウィツィロポチトリ様は由緒ある偉大な神なのである!」な『絵によるメキシコ人の歴史』と「ウィツィロポチトリ? そんなものいりません。それよりもケツァルコアトル様ですよケツァルコアトル様」な『太陽の伝説』は混ぜちゃいかんと個人的には思ってます。いや、『絵による』はケツァルコアトルもしっかり立ててますけど。例えば、ウィツィロポチトリとケツァルコアトルが協力してさまざまな創造を行ってたり、『太陽の伝説』のと類似の第5の太陽創造神話(ケツァルコアトルの息子が太陽になり雨の神トラロックの息子が月になる)が入ってたりするし。もっとも、そこではウィツィロポチトリは生贄にはなってませんが。『絵による』は「ウィツィロポチトリはテスカトリポカやケツァルコアトルと同じくらい偉大な神である」と主張しているというか……でもケツァルコアトル派にしてみれば、古来より信仰されている自分たちの神とポッと出の成り上がり者が同格扱いされるなんて納得いかないんじゃなかろうかと。で、ケツァルコアトルのものである第5の太陽を動かすために死ぬだけの役としてウィツィロポチトリを『太陽の伝説』に登場させたんだろうか、なんて気がするんです。
まぁ、矛盾しない部分については組み合わせるのは構わないかとも思うけれど、でもそれぞれの伝承の重視するものの違いとかについても考えてみた方がいいとも思います。

とにかく、上に挙げたような理由により、約翰が描くアステカの神々にはごく大まかな設定しかありません。細部については「今回はこの伝承の設定で」「今回はこの解釈で」といった感じでちょくちょく変わります。ご理解のほどよろしくお願いいたします。

余談ですが、トラソルテオトルとチャルチウトリクエの関連も気になります。『Florentine codex Book1』の脚注によれば、『オーバンのトナラマトル』では第5週のページでチャルチウトリクエがトラソルテオトルの生首を持っているとか『ボルボニクス絵文書』では第5週に関連するページで水の女神の玉座から発した水流の中にトラソルテオトルの頭飾りがあるとかいうんですが。
さらに余談ですが、『The Native Religions of Mexico and Peru』の発行年。1884年っていったら、切り裂きジャックが現われるより前のことなんですね(ジャックの事件は1888年)。そういうとものすごく昔のことだという気がしてきます。

本日は約翰にとって嬉しいことがあったので、予定を変更してテスカトリポカ神をお送りします。突発的に描きたくなってしまいまして。

いえ、白暁さんがウチのテスカトリポカ神とウィツィロポチトリ神を描いてくださったんですよ。
それはそれは美麗で格好いいので、ぜひご覧になってください。
白暁さんのサイトからこちらに来られた方が「うわ、オリジナルはヘボっ!」と落胆されなければいいんですが……。
とまれ、白暁さん、本当にありがとうございました!

余談ですが、今回描いたのは主にドゥランの本の挿絵に拠りましたが、カラー版は未見につき配色は適当です。
普段着はこれぐらい軽装でもいいんじゃないかと思って……って、神様に普段着とかいっていいのか判りませんが。
シチュエーションによって装束も異なるんでしょうが、それぞれを描き分けられるだけの知識がないのが残念です。

副鼻腔炎と花粉症が同時に来て鼻がえらいことに。
旦那も風邪を引いてしまったので、2人で病院に行きました。

テレビを観ていて「そういえば今頃ああいう煙突の生えたケータイって見ないよね」と言ってしまいました。煙突の生えたケータイなんて一度も見たことねぇよ! アンテナだろ! これはアレですか「ペチを描きやがれ」という電波のお告げですか。

という訳で描きました。今回はこれで失礼いたします……。


↑旦那が描いたルイージ。
私もPCにて色々描いてはいるんですが、興が乗ってきたところで体調不良のため中断を余儀なくされました。
どうも副鼻腔炎が再発したようです、頭が重い……。
通院面倒臭いなぁ、ただでさえ右下奥歯の違和感のため歯科に通っているところだってのに。
っていうか、なんでこう立て続けに具合が悪くなるんですか。やっぱり疲れがたまってるんでしょうか。
こう一気にガタが来たらたまりませんよ、いろんな意味で。
とりあえず、明日耳鼻科に行ってきます。

ケツァルコアトルの資料を漁ってましたら、「7の葦の祭」の際、片方の手に捕虜もう片方の手にウンコをつかんでる彼に会ったんですが、これは何なんでしょう。ちなみに『ヴァチカンA絵文書』『テレリアーノ-レメンシス絵文書』です。
『ヴァチカンB絵文書』や『ボルジア絵文書』では同じシーンで捕虜の髪をつかんでいるのはトラソルテオトル(汚物の女神)になっているそうですが、神が異なるのは地域によって信仰に違いがあったからということなんでしょう。ケツァルコアトルがウンコつかんでるのは、担当がトラソルテオトルじゃなくてもこの儀式には汚物が関係するということでしょうか?
トラソルテオトルもケツァルコアトルも人間の生殖に関わる神で、この儀式は出産に関するものかもしれないということですが……。

『太陽の伝説』版と『絵によるメキシコ人の歴史』版のセ=アカトル王に関する記述を比較したくなってきました。
今この2つが特に気になってるのは、単に昨日の記事を書いてて思い出したからで、他にも色々読みたいです。
ケツァルコアトルを名乗った神官王としてはセ=アカトルが一番有名だけれど、実際には他にも何人もいたんですよね。その複数のケツァルコアトル王が伝承の中で1人に統合されていき、さらに神ケツァルコアトルとも混同されていった訳ですが、その辺の過程を詳しく知りたいです。

っていうか、『絵による』版のセ=アカトル王の話ってあんまり有名じゃないけれどなんででしょう。そういえば、ウィツィロポチトリの誕生に関する話も、前半しか取り上げられないし。
『絵による』でテスカトリポカが作った男女も不思議とスルーされてるなぁ、とか気になりだしたら連鎖で色々思い出して大変です。

まぁその前に、やりかけのアレやらソレやらをなんとかしろという話ですが。

ミートボール部

4月 21st, 2010

トラウィスカルパンテクトリは後頭部に頭蓋骨を装着しているという話をしましたが、別の絵文書では彼自身の顔が髑髏になってるバージョンもあるようです。
金星と死の関連について詳しく知りたいです。

さらに『テレリアーノ-レメンシス絵文書』を見てたんですが、イツトラコリウキやミシュコアトルなんかも赤白ストライプのボディペイントしてるんですね。
ミシュコアトルにも判らないことが多い……テスカトリポカが改名してミシュコアトルとなった話もあるけれど、神官王セ=アカトル=ケツァルコアトルの父の名前もミシュコアトルだったりして、これらのエピソードには関連があるのかないのか気になります。
セ=アカトルの父の名はカマシュトリのバージョンもあるけれど、カマシュトリはミシュコアトルの別名とされてもいて……ああ、ややこしい。

『The Aztec Kings』をちょっと読んでたんですが、ウィツィロポチトリってテスカトリポカをモデルにしているといわれるけどケツァルコアトルからも色々取り入れてるよね、と改めて思いました。新参者ながらメキシコ中央高原の覇者となったメシーカ人が自分たちの守護神に箔をつけるべく、より昔から権威のある神々からいいとこ取りしていった結果が、我々の知るウィツィロポチトリなんでしょう。『太陽の伝説』で太陽を動かすための生贄としてテスカトリポカとウィツィロポチトリが指名されてるのは、ケツァルコアトル派っぽい伝承者の意趣返しかもしれないという気がして仕方ありません。

っていうか、ケツァルコアトル……描きかけで止まっとるわ。
……そう思って作画の参考にしようと『テレリアーノ-レメンシス絵文書』を開いて気付いたんですが、ウィツィロポチトリってトラウィスカルパンテクトリにも似てますね、容姿が。目の周りのマスクのようなものとか、赤と白のストライプのボディペイントとか(ウチのウィツィロポチトリは『ボルボニクス絵文書』風に青いボディペイントですが)。
小さな白い丸がたくさんついた黒いアイマスクは星に関する神々を象徴するものらしいです(『テレリアーノ-レメンシス絵文書』では、トラウィスカルパンテクトリのはそうだけどウィツィロポチトリのには白丸はついてません。でも『ボルボニクス絵文書』版ウィツィロポチトリのにはついてる)。ウィツィロポチトリって星の属性も持ってたんでしょうか?
トラウィスカルパンテクトリといえば、鼻の所にナイフを突き立てた頭蓋骨を後頭部に装着してるんですが、『インカ・マヤ・アステカ展』にも同じようなものが出展されていました。それも同じように用いられていたんでしょう。

そうそう、昨日の記事にちょっと訂正。
『ヴァチカンA絵文書』『テレリアーノ-レメンシス絵文書』でのトラウィスカルパンテクトリのスペルは「Tlavizcalpantecutli」のようです。「Tlaviz-calpan-tectli」という表記の出所はどこなんでしょう……?

蛙のヘソ

4月 19th, 2010

前からなんとなく気になっていたんですけど、「トラウィスカルパンテクトリ」のことを「トラヴィス・カルパン・テクトリ」としている資料があるようですね。また、名前の意味も「暁の主」だったり「暁の家の主」だったりしますが、どちらがより正確なんでしょうか?

「トラヴィス・カルパン・テクトリ」というのは、おそらく「Tlavizcalpantectli」というスペル(『ヴァチカンA絵文書』『テレリアーノ-レメンシス絵文書』などに見られる)を現代英語風に読んだものでしょう。しかしナワトル語にはvの音はないので、これは不正確な読みです。
多分当時のスペイン語ではwの音を表わすのにvの字を用いていたんだと思います(ラテン語やったことのある人ならイメージしやすいと思う)。これらの絵文書が書かれたのは、日本で言うなら戦国時代の頃なんですよね。当時と今とでは、日本語の仮名遣いだって変わってるんだから、スペイン語の綴り方だって変わってておかしくないはずです。

そういえば、「トラヴィス・カルパン・テクトリ(Tlaviz-calpan-tectli)」という区切った表記の出所はどこなんでしょうか、少なくとも先に名前を挙げた絵文書には見られなかったけれど。
実際にはこの名前は、「tlahuizcalli」「pan」「teuctli」という単語からなっています。しかし「pan」は後置詞で他の語の後につくものなので、もし「Tlavizcalpantectli」を区切って表記するなら「Tlavizcalpan tectli」となるのでしょう。なお、「tlahuizcalli」は「tlahuitl」と「izcalia」から成る語で、意味は「暁の薄紅色の光」です。で、これに「表面で」ないし「ある特定の時」を表わす後置詞「pan」がつくので、多分訳は「暁の薄紅色の光の刻」とでもなるのでしょう。が、なんか長いので「暁」にまとめてしまってもかまわない気もします。
「家」はどこから入ってきたのか? それはおそらく、「tlahuizcalli」の「calli」の部分を「家」を表わす「calli」だと解釈してしまったところからでしょう。
「teuctli」は「首長・貴族」といった意味だからこれは別にツッコまなくても……あ、そうそう、「tectli」なら「ガラガラヘビ」なんじゃないかと一瞬思ったんですけど、ここは「teuctli」の方が正しい綴りらしいです。古い文書では「teuctli」を正確に音写できてなかったけれど、その後の研究で正しい発音が判ったみたいです。

ナワトル語のアルファベットおよびカナ表記についてのまとめを作った方が後々便利かな、という気がしてきました。いつできるかは判らないけれど。そもそも需要があるのかも判らないけれど。

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