Tasteless Blog

前回の記事の「テスカトリポカがホモホモ言われている件」ですが、実際のところは多分、不運な状況にある人が「なんで俺こんな目に遭わないといけないんですか、ひどいよ神様」とぼやいたぐらいなもんだったんだろうなと思っております。けれども、あえて大袈裟に解釈して遊んでいるのです。約翰は腐っているから。
まぁ、「なんでそれとホモが関係あるんだよ!」という辺りは真面目な考察の対象としても成り立ちうるネタなんでしょうが。

以下、拍手返信です。返信不要の方もありがとうございます。

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昨日届いた仮面ライダーオーズのガタキリバとラトラーターの歌をリピート中。オーズの曲はOPもEDもかっこよくてノリがよくていいですね。作業中のBGMにもいい感じ。それにしても映司の人は歌がうまいなぁ。
 

今日は注文していた本が2冊届きました。

これはナワトル語-英語の辞書。以前購入した『An analytical dictionary of Nahuatl』は説明が詳しいのはよかったんですが収録語彙が少なかったので、もっとたくさんの語が載っている辞書も欲しくなり買いました。『An analytical~』とは見出しが異なっているところがあるので注意が必要です。

その辺にポンと放っておくとヤバそうな表紙のこの本を買ったのは、収録されている「Queer Nahuatl」という論文に興味を引かれたからです。もっとはっきり言うと、テスカトリポカがホモホモ言われている件について詳しく知りたかったからです。

<以下、腐女子話題>
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そろそろ1月も終わるから、サイトのトップ絵も変えたいなぁ……何を描こう。っていうか、描く時間を確保できるのか。
2月と言えば、2月に大阪で開催されるビックリマンのオンリーには今年は参加いたしません。日程等厳しいので……。
秋の東京には新作を持って行きたいです。

ピロンパン

1月 25th, 2011


『ボルジア絵文書』を参考に描いたテスカトリポカ-イツトラコリウキ-マクイルショチトル。妙に悪い顔になってしまいました。そしてやたらキモい。
ベースがテスカトリポカで、被り物がイツトラコリウキ、鼻飾りと口の周りの手の模様がマクイルショチトル、です。多分。
しかし、テスカトリポカとイツトラコリウキ、テスカトリポカとマクイルショチトルはそれぞれしばしば結びつきますけど、テスカトリポカ抜きでイツトラコリウキとマクイルショチトルが合わさることってあるんでしょうか? 『ボルジア絵文書』の別のページには、マクイルショチトルもその一員であるアウィアテテオの面々が「曲がった黒曜石のナイフ(イツトラコリウキの名が意味するところのもの)」らしき物を頭に着けている図もありますが、それは何を意味しているんでしょうか。
見れば見るほど訳がわからなくなる『ボルジア絵文書』……一応解説ページもあるけど、もっと詳しい説明を切に希望します。
マクイルショチトルと言えば、以前の記事にも書きましたが、『プリメーロス=メモリアーレス』に載っていた聖歌も気になってます。この聖歌は、私はきっちり訳してないんでごく大まかな理解ですけど、彼がそこから来たという花がまっすぐ立つ地(タモアンチャンのことらしい)に行ってトウモロコシの神センテオトルに答えるよう「我が祖母(「我らが祖母」を意味する名の地母神トシのことか)」とテスカトリポカに呼びかけているような内容のようです。豊穣を祈願するとかそんな感じでしょうか? ところでこの聖歌ではテスカトリポカは「tetzauteutl a notecujo」と呼ばれていて、英訳では「God of ill omen, my lord(凶兆の神、我が主)」となってるんですが、「tetzahuitl」という語は吉凶を問わない「前兆」という意味に取られることもあるそうです。ここではどちらがより適切なのか悩む……もっとも、原義は「尋常でない、突然恐怖心を起こさせる、超自然的な何か」といったものらしいので、ここでもやっぱり凶寄りに解釈する方がいいんでしょうか。なお、この語は『神々とのたたかい I』にも「ウィツィロポチトリは(中略)不吉な前兆であった」とあるように、ウィツィロポチトリを表わすのにも使われます(っていうか、むしろウィツィロポチトリの方がメインっぽい)。

駄目元で注文しなおした『フィレンツェ絵文書・第11書』が届きました。

これで『フィレンツェ絵文書』コンプリート! イェア!
アステカにハマった当初には「絵柄がヨーロッパ風であまりアステカっぽく無いからどうも興味が湧かんなぁ」とか思っていたのが、今となっては嘘みたいです。
それがどうしてこの有様なのかと言うと、カール・タウベの『アステカ・マヤの神話』にて「アステカ神話を研究するうえで最も重要となるのは、第1書、第3書および第7書である」とあったから、とりあえずその3冊は押さえておこうと考えるようになり購入、それから月々の祭り(っていうか生贄の儀式)についての解説がある第2書もやっぱり欲しいかなとなって購入、そしてこれだけあるならせっかくだから全巻そろえるか!となってしまって今に至る、という次第なんですが。

大型本が多くて置き場所に困るのは何ですが、こうしてみると結構壮観。ちなみに、左から『テレリアーノ-レメンシス絵文書』『フィレンツェ絵文書』×12『プリメーロス=メモリアーレス(対訳)』『プリメーロス=メモリアーレス(解説)』『メンドーサ絵文書』『コルテス以前のインディオの衣服(先スペイン期メソアメリカの服飾の研究書)』『ボルジア絵文書』『ズーチェ=ヌッタル絵文書』です。

先日買った本の話など。

1993年に公開されたマリオの実写映画のノベライズの英語版です。日本語版は公開当時に購入していましたが、アマゾンで英語版のユーズドを見つけたのでそちらも買ってみたのでした。
ちなみに↓が日本語版です。

日本語版の方が装丁が凝っていますが、その分値も張ります。


日本語版は税込みで¥1000(当時の消費税は3%でしたが)、英語版は$3.95です。その頃のレートで換算すると¥420~440ってところですか。
ところで、「コクッパ親衛隊」の「イギー」の項に書きましたが、進化して頭が良くなったスパイクがイギーに話しかけるシーンの台詞、「Ignatius, do you know what the square root of 36,481 is?(イグネイシャス、36,481の平方根が何か知ってるか?)」「What are you talking about?(何を言ってるんだ?)」、これは映画版のみでノベライズ版にはなかったということが判りました。ノベライズ版ではここのやり取りは「Is that you,Spike?(スパイク、お前なのか?)」「Good day, peasant.(ごきげんよう、田舎者)」となっていました。そしてノベライズの訳者は映画の方は見ずに訳したのか、訳者あとがきにて「イギー(Iggy)はignore(無視する)のくずれた形、つまり「シカト野郎」といった意味になるかな」と書き、ラヨシュはそれを真に受けてしまったのでした。なお、イギーという名前の本来の由来については「コクッパ親衛隊」の方で推測してます。

大山にスキーに行ってきました。大雪のため高速道路が通行止めになっていたりして予定通りに着けなかったのであまり遊べませんでしたが、久し振りに雪山に行けて楽しかったです。それにしても、パウダースノーは橇や雪だるま作りといった子供向けの遊びには適さない……。

ところで、メソアメリカのコーナーにて無謀にも程がある新企画、「日本誤訳・アステカ神話」を始めました。とりあえず『太陽の伝説』冒頭からやってますが、いかがでしょうか? ご意見・ご感想をお待ちしております。

お家の白鳥ちゃん

1月 12th, 2011

今までチラッとしか見てなかった『チマルポポカ絵文書』英訳版の序論をもうちょっと覗き込んでみたところ、「『クアウティトラン年代記』の著者(『太陽の伝説』の著者ではない)は古い神々を「妖術師」あるいは「悪魔」とさえけなして呼んだ。我々は、それは「悪魔」が人々を騙して人身供儀を行わせたからだと解っているが、それとは対照的にケツァルコアトルは幾分キリストのような神としている」といったことが書かれてました。やっぱりスペイン人による征服の影響があるんでしょうか。
……もっと読みたいけど時間が無いので、本日はここまで。

おわぁお

1月 10th, 2011

『フェイェルヴァリー-メイヤー絵文書』って、最近『ポチテカのトナラマトル』あるいは『商人の暦』と改名されたそうですね。理由としては内容により即した名称にということなんでしょうが、一体どういう経緯で長年親しまれてきた名称を廃するにまで至ったのかが知りたいです。

『太陽の伝説』をパラパラめくって「あー、ウェマクとトラロケのやり取りのディテールが面白いな」とか言っているうちに、ふと「ウェマクは掌4つ分の大きな尻を持つ女が好みだった」という話を思い出し、『トルテカ-チチメカ史』の該当箇所を探してみたんですが、それは「掌4つ分の大きな尻を持つ乙女4人を連れて来るようウェマクに要求されたノノアルカ人たちは条件に合う女たちを捜した。しかし見つからなかったので他の女たちを代わりに連れて行ったが、ウェマクは拒絶した。するとノノアルカ人は激怒してウェマクを非難し容赦なく攻撃し、ついには洞窟に潜んでいたウェマクの髪をつかんで引きずり出して処刑してしまった(おそらく矢を射掛けるやり方で生贄にした)」といった話でした。ウェマクと言えば、他にも「呪術師のケツァルコアトルとテスカトリポカが神官王トピルツィン(ウェイマク)の部屋に娼婦ショチケツァルを入れ神官王は純潔を失ったという噂を広めたためトピルツィンは傷つき国を離れることを決意した」(『ヌエバ=エスパーニャ誌』より)とか「妖術師のヤオトルとテスカトリポカがウェマクを嘲笑するために、女に変身してウェマクと同棲してしまった。そのためウェマクはケツァルコアトル(ここでは神官王の称号)であることをやめた」(『クアウティトラン年代記』より)とかのエピソードがありますが、いずれも女がらみで窮地に陥っているという要素が共通していますね。これらのエピソードに史実はどれくらい関わっているんでしょう?

結局グレナデンシロップは先日行ったリカーショップに取り寄せをお願いしました。近所だと取り寄せ対応してくれるお店がなくて。

「1文をだらだらだらだら続けてんじゃねぇよ! いくつかに分けろよ! いつになったらピリオド出て来るんだよ!」「ああもう、どれがどこにどう係ってるんだー?」……と、『絵によるメキシコ人の歴史』のくちゃくちゃな文章に嫌気が差したので、気分転換に『チマルポポカ絵文書』(『クアウティトラン年代記』&『太陽の伝説』)を手に取ってみました。うん、こっちの方が読みやすい……この違いって、元の文章自体にも問題がありますよね?

先日話題にしたパンケツァリストリの祭りって、元々はテスカトリポカのものだったのをメシカ人がウィツィロポチトリのものにしたのだろうか、という疑念がこのところ頭から離れません。『テレリアーノ-レメンシス絵文書』に「テスカトリポカのもうひとつの祭り、彼らはそれを年に3回祝った。(中略)そしてチャルコ地方ではテスカトリポカの名で呼ばれる彼らの指導者のために生贄が捧げられた」と書かれているのが引っかかっているのです。『マリアベッキアーノ絵文書』のパンケツァリストリについてのページでも、ウィツィロポチトリはテスカトリポカの友達だと書かれていて、パンケツァリストリとテスカトリポカとの関連が示唆されているようだし。
ところで、『テレリアーノ-レメンシス』の年に3回云々というのは、トシュカトル・パチトントリ(テオトレコ)・パンケツァリストリの3つの祭りのことだと思います。『テレリアーノ-レメンシス』では、トシュカトルについて書かれたページが紛失してしまっていて詳細が判らないのが残念です。

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