Tasteless Blog

ふと思い立って積読の本の山から久し振りにスーザン=ギレスピーの『The Aztec Kings』を手に取り、パッと開いたページをザッと読んでみたんですが、やべぇえええええ面白ぇえええええ!
……あー、『絵によるメキシコ人の歴史』設定の「赤のテスカトリポカ(長男)=カマシュトリ/ミシュコアトル・黒のテスカトリポカ(次男)=「テスカトリポカ」・白のテスカトリポカ(三男)=ケツァルコアトル・青のテスカトリポカ(四男)=ウィツィロポチトリ」という序列および各色のテスカトリポカと同一視された神をトピルツィン=ケツァルコアトルを基準にして見てみるという発想はなかったけれど、言われてみればなるほどと思ったりウィツィロポチトリが生まれてから600年ほどの間は骨だけで肉も皮もなかったというのもそういうことだろうかと思ったりじゃあトピルツィン=ケツァルコアトル云々を抜きにした4色テスカトリポカのそもそもの意味するところはなんだったんだろう(ウィツィロポチトリはお呼びでない『ボルジア絵文書』とかにも4色のテスカトリポカはいるんで)と思ったりその中でも本体とされる黒のテスカトリポカはさておきそれに次いでよく見かけるのが赤のテスカトリポカなのは何故だろうと思ったり。いやぁテンション上がるわ。あ、トピルツィン=ケツァルコアトルを基準に見るとどうなるのかというと、「カマシュトリ/ミシュコアトル=ケツァルコアトルの父・「テスカトリポカ」=ケツァルコアトルの同時代の敵対者・ウィツィロポチトリ=(トルテカの)次の時代に属するもの」ということになるらしいです。そういえば『絵による』はケツァルコアトルとウィツィロポチトリが協働して神々を創造したりしてるし、メキシコ中央高原にやってきたメシーカ人が自分たちの守護神のウィツィロポチトリをかつてこの地に栄えたトルテカの神聖な指導者ケツァルコアトルに並ぶ存在にしたかったという意図が感じられる文書だなぁと改めて感じました。
それから、「ウェマク」についてももっと知りたくなりました。いやぁ今回もちょっとしか読んでないんでアレなんですけど、とりあえず「ウェマク=ケツァルコアトルの別名」と単純に言い切れるものじゃなさそうだということは判りました。以前にも『Historia de Tlaxcala』には「テスカトリポカ=ウェマク」の名があったというようなことを書きましたが、『The Aztec Kings』によればウェマクはトピルツィン=ケツァルコアトルの第三の同等者ということのようです。ドゥランの『ヌエバ=エスパーニャ誌』所収の「ウェマクは妖術師テスカトリポカとケツァルコアトルの残酷な計略によってトランを去るよう強いられた」というエピソードを思い出した(ギレスピーの件の本でも触れられてますが)けれど、「ウェマクはトピルツィン=ケツァルコアトルの第三の同等者」という考え方、トピルツィン=ケツァルコアトル・テスカトリポカ・ウェマクの三者はそれぞれ同等であり対立するもの・対比されるものであるという考え方はなるほどありだなぁ……と思いましたが、いかがでしょう?
ああそうそう、『フィレンツェ絵文書・第3書』バージョンのケツァルコアトルがトゥーラ(トラン)を去る話に出てくる三人の妖術師の名はそれぞれテスカトリポカ・ウィツィロポチトリ・トラカウェパンですが、トラカウェパンとはウィツィロポチトリの別名でありまたモテクソマ2世の息子の名でもあるということもこの本に書かれていて、またいろいろ考えてしまいます。楽しいです。
あ、『メキシコの歴史』バージョンのトピルツィン=ケツァルコアトルがトランを去らねばならなくなった理由は、彼が雨をコントロールするのに用いていたとトルテカ人が信じていた鏡をテスカトリポカに盗まれたからってことになってるのか、この理由ってバージョン違いはどれだけあるんだろう? この本によれば『Relación de la Genealogía』や『Origen de los Mexicanos』ではテスカトリポカとウィツィロポチトリが要求する人身供儀を拒絶したためとなっているそうですが、少なくともウィツィロポチトリが出てくる辺りは後付けですよね(ちなみにこれら2つの文書はいずれもスペイン人の手になるもの)。ああもっとじっくり読みたい! それはそうと描きかけのアレとか調べてる途中のアレとかはどうする気だ約翰!

狐の嫁入り

4月 24th, 2011

気分転換にブログのデザインをちょっと変えてみました。ちょっとだけど。

TBS系の『THE 世界遺産』でテキーラの産地を取り上げてましたね。いいなあ私もいつか現地で味わいたいなあなどと思いつつソッパ=デ=アロスのようなものとかワカモーレのようなものとかを作っておりました。晩酌はもちろんテキーラですよ。

話は変わりますが、カール=タウベの『アステカ・マヤの神話』に「コヨルシャウキについては、宇宙において何を表象しているのか、正確なところはわかっていない。ゼーラーの説では月だということになっているが、明らかに月の象徴と思われるものを身につけているわけではないし、カルメン・アギレラの説のように同じ夜空の天体、天の川を表わしている可能性もある」とありましたけど、月といえばヨワルティシトルが月の女神だというのは何に基づいて言われていることなんでしょうか? あいにく私の手元にはあまり資料がないもので、私が参照できるヨワルティシトルに関する征服直後の記述は『フィレンツェ絵文書・第6書』にしかないんですが、彼女の名が呼ばれているのはいずれもお産に関する文章の中で、月に関する話は出てきてないっぽいです。ヨワルティシトルと並んで名前が出てきているヨワルテクトリは『フィレンツェ絵文書・第7書』によればふたご座のカストルらしいですが(ポルックスはヤカウィツトリ? 『第8書』にはヤカウィツトリは夜の神だということは書かれてました)。他の資料も当たりたいところだけど何を見ればよいやら……あ、ルイス=スペンスはメツトリ(月)について説明する文章の中でヨワルティシトルをメツトリの別名とし「夜の貴婦人(The Lady of Night)」と訳してますが、これは誤訳だと思います。本当にヨワルティシトルがメツトリの別名なのかどうかはさておき、誤訳とはどういうことかというと、ナワトル語の「ticitl」とは「医師・助産婦」といった意味だから「貴婦人」と訳すのは適切でないと思ったのです。『フィレンツェ絵文書』のヨワルティシトルが登場する文章は出産についての話だしその中では「ticitl」という単語がまさに「助産婦」の意味で用いられているし。

この記事にて拍手メッセージへの返信をさせていただいております。
 

3DSで出るというマリオのタイトルロゴに尻尾が生えているのが気になります。尻尾といえば『SMB3』、『SMB3』といえばコクッパ7兄弟……を期待してもいいんでしょうか?

ところで、先日届いたCDを聴きつつこの記事を書いております。
今回買ったのは、Plasmaticsの『New hope / Metal Priestess』とMotorheadの『No Remorse』とBrujeriaの『Raza Odiada』です。
PlasmaticsのとMotorheadのは、『にじのまんなか』閲覧者の方ならお解かりかと思いますがウェンディ&レミーの名前の元ネタということで。元々メタルとかパンクとか激しい感じの曲が好きなんで(詳しくはないけれど)コクッパ云々抜きにしても好きになれたでしょうが、ウェンディ&レミーの件がなければ聴くこともなかったかもと思えばやっぱりコクッパファンでよかったなぁと。新しい出会いに感謝。そうそう、『No Remorse』収録の「No Class」「Stand by Your Man」はFeaturing Wendy O’ Williamsですよ。コクッパファンならぜひ……とまでは言いませんが、機会があれば聴いてみるのも一興かと。……あ。今思ったんですけど、米アニメ版コクッパの名前が変更されてたのって、実在のアーティストが元ネタだったからなんでしょうか? わざわざお金を払ってプレイするゲームよりもテレビがあればただで見られるアニメの方が人目に触れやすいから何かまずいことがあるかもしれないとか? アニメの中でもキング=クッパが自分のことをバウザーと言っているシーンがあったし、クーキーのフルネームはクーキー=フォン=クッパだったりするし、ゲーム版の設定をまったく無視している訳じゃないよとほのめかされてる気はするんですがどうなんでしょう。
それから、『Raza Odiada』はメキシコネタということで……たまたま聴いた「Revolucion」が印象的だったので収録アルバムを探して買ってみたという訳です。デスメタルもいいですねぇ、あ、でも私がヨハネなのはクラウザーさんとは関係ないですよ。ついでに言うと、「主に愛された弟子」でもありません。ちなみにこのCD、ライナーノート等に『マリアベッキアーノ絵文書』のケツァルコアトルと『ボルジア絵文書』のテスカトリポカの絵が使われてますね。『マリアベッキアーノ』のケツァルコアトルといえば、帽子からハチドリがぶら下がっているのが気になります。ハチドリといえばウィツィロポチトリというイメージがあるもんで。ああでもウィツィロポチトリにはワシのイメージもあるしなぁ……。そして『ボルジア』によればケツァールは赤のテスカトリポカを表わすものでもあるらしくてもう何がなんだか。『Raza Odiada』で用いられているのは21頁下段右の、たいていの人が「テスカトリポカ」と聞いたときにイメージするであろうヴィジュアルのアレなんですが、同じページの上段左にいる赤のテスカトリポカが額にかけた綱で背負っている荷物にケツァールが停まっているんですよ。そしてさらに、55頁上段右の黄色いのが赤のテスカトリポカで中段右の赤いのが黒のテスカトリポカだそうです。注釈によれば、ケツァールは赤のテスカトリポカを、盾と矢は黒のテスカトリポカを表わすもののようです。本来の色とは異なっていてもそれらのアイテムがあるために識別できるのだとか。赤のテスカトリポカって一体何なんでしょう……『フィレンツェ絵文書・第7書』版の第5の太陽の伝説によれば、新しい太陽が昇ってくるときに正しく東を指していた神としてケツァルコアトル・トテクなどと共に赤のテスカトリポカの名が挙げられてるんですが、その時黒のテスカトリポカはどうしていたんでしょうか?
で、話は戻りますがケツァール……ケツァルトトトルが「長い緑の羽根の鳥」ならケツァルコアトルは「長い緑の羽根の蛇」なんじゃないかなぁと思ったんですけど、どうなんでしょうねぇ。言葉の成り立ちからいえば、まず「長い緑の羽根」があってしかる後にその持ち主にも名前が付いたんだろうし、サボテンやらマゲイやらが生えているような乾燥地帯には密林の鳥ケツァールは棲めないだろうし、交易とかで「長い緑の羽」が入ってきて、それは翡翠と同様の「貴重な宝物」カテゴリーで、その貴重な宝物でもって蛇神を飾ったのかなぁとかそんなことを考えていたんですが。ああでも『ボルジア』には丸ごとのケツァールもいるしなぁ……テオティワカンの頃とかはどうだったんでしょう、その頃の中央高原でも鳥のケツァールそのものが知られていたんでしょうか? 『フィレンツェ絵文書・第11書』にはケツァルトトトル(カザリキヌバネドリ)についての記述がありますが、「テコロトランがこれらの鳥の繁殖地である」とあるものの、そのテコロトランが現在の地名で言うとどの辺りなのかは解説がないため不明です。あああ……。
 

<拍手返信>
 

(さらに…)

放送時間変更の件

4月 20th, 2011

拍手・メッセージありがとうございます。返信はしばらくお待ちください。

買い物帰り、ゲッテンカをちょっと久し振りにプレイしてまいりました。で、美勇帝イエヤスのエンディングが見れました。ど根性連打しすぎて腕がだるい。「美しさは罪」とはナルシストなら言わずにいられない台詞なんでしょうかやっぱり。

表面張力

4月 17th, 2011

『オーズ・電王・オールライダー レッツゴー仮面ライダー』見てまいりました。
何というか、「細けぇこたぁいいんだよ! いいからライダーたっぷりアクションたっぷりナパームたっぷりでお楽しみください! いいからいいから!」という印象を受けました。こういうのはやっぱり映画館の大スクリーンで見るのが楽しいですね。
「オーズも電王も靖子にゃんがメインライターだけどこの映画の脚本は米村さんなんだね」とか「もはや『電王』は良太郎抜きでも成り立ちうるのか」とかいろいろ思いましたが、幸太郎主役の『電王』をもっと見てみたい気もします。いや『エピソードブルー』はあったけど。
そうそう、今日のオーズは一気にいろいろ明かされたり話が進んだりしましたね。ちょっとシンケンジャーの薄皮太夫の過去話を思い出しもしたけれど。結婚とか放火とか……。ところでものすごく余談ですが、ウチの娘は「たゆう」とはススコダマのことだと思い込んでしまっております。ススコダマが「たゆう、たゆう」と言っていたのを自己紹介だと勘違いしたらしい。それだけならいいんですけど、ハリネズミ(多分)の玩具を「たゆう」に見立てて台詞を当てろと私に要求してくるんで結構大変であります。「あー」と言って落ちるところを延々再現させられたり。まぁ流石にドウコクに踏み潰されるところまではやりませんけど。

「アステカの血と生け贄」ですが、録画失敗と思ってたけどなんとか録れてました。お騒がせいたしました。
さて件の番組、私にとっては大変有意義でありました。黒曜石の刃で肉を切る様子とか、やっぱり実際の映像で見た方がイメージしやすいですからね。
欲を言えば、アステカ戦士の再現映像をもっとしっかり見せて欲しかったです。そういえば、頭飾りに孔雀の羽が使われていたみたいだけど、当時のアステカに孔雀の羽はなかったですよね……まぁ、現在ではケツァールの羽をあんなにふんだんに用いるなんて無理でしょうから仕方ないところですが。
ケツァールで思い出しました、ケツァルコアトルはしばしば「美しい緑の羽を持つ鳥ケツァルと蛇コアトルとを合わせたもの」みたいに説明されますけど、これって不正確な気がするんですよね。現在はあの長く美しい緑の尾羽を持つ鳥のことをケツァールと呼んでいるので紛らわしいんですが(ちなみに和名はカザリキヌバネドリ)、ナワトル語のquetzalli(quetzal)とは「長い緑の羽」という意味で、その羽の持ち主である鳥のことはquetzaltototl「長い緑の羽の鳥」といいます。おそらく、ナワトル語を話す人々は丸ごとのカザリキヌバネドリよりも先にその尾羽だけを見たのでしょう。だから先に羽根に名前が付いて、その後羽根の持ち主にも名前をつけたと。
ケツァルコアトルで思い出しました、『マリアベッキアーノ絵文書』設定だとケツァルコアトルはトラロックの友達か親戚ということになってるんですよね。『絵によるメキシコ人の歴史』だとケツァルコアトルが赤と黒のテスカトリポカやウィツィロポチトリと共にトラロックとその妻チャルチウトリクエを創ったということになってますけど。こういった神々の関係は資料によって異なりますがどれも後付けでしょう。しかしだからこそ、それぞれの設定にどういう意図があったのかを考えるのが楽しいです。
『マリアベッキアーノ絵文書』で思い出しました、この文書には「人肉は豚肉に似た味がするのでインディオの間では豚肉が非常に求められている」みたいなことが書かれてました。本当かどうか気になりますが、だからといってちょっと試してみるという訳には行きませんね流石にこれは。件の番組内で『テレリアーノ-レメンシス絵文書』の人身供儀4日間で2万人という記述について触れてたので、それについてはまた後で調べてみましょう。
……で、資料を取り寄せてまで調べようとしていたアレは……早くしろ約翰!

 

ギャー! 

BS日テレの『歴史シリーズ 古代をめぐる冒険』

録画失敗した! よりによって今夜のは

「アステカの血と生け贄」だってのに!
 

……再放送あるかなぁ、ううう……。
 

ところで、ネットで適当に検索してて見つけたページにあった話なんですけど、テスカトリポカが左利きだという情報の出典って何なんでしょう? ウィツィロポチトリだけじゃなくてテスカトリポカもなんですか?

それと、これは図書館で借りている本なんですが『世界神話大図鑑 神話・伝説・ファンタジー』(アリス・ミルズ監修/荒木正純監訳/東洋書林/2009)に「死者の霊が地下世界につくと、ブラック・テスカトリポカに引き合わされる。ブラック・テスカトリポカは、死者の霊をミクトランの第9の層を経る旅へと送り込む」とあるんですが、この話の出典も知りたいです。『フィレンツェ絵文書・第3書』所収の死者の旅に関する記述内にはテスカトリポカは出てきてないっぽいけれども。あと、以前の記事にも書きましたが(これもやはり『世界神話大図鑑』の記述)「テスカトリポカがホチケツアル(引用者注:ショチケツァルのこと)を誘惑しようとした時、これを見た夫のトラロックが激怒して、天上界の山のてっぺんをテスカトリポカに投げつけて、その足を切ってしまった」というエピソードの出典も。しかしこの本、参考文献リストを見るに『フィレンツェ絵文書』とか『チマルポポカ絵文書』のような当時の記録をそのまま訳した書籍は用いていないっぽいのが引っかかります(アイリーン・ニコルソンの『マヤ・アステカの神話』はリストに入ってましたが)。
 
……って、取り寄せてた資料はほったらかしだった! っていうか、そもそも調べようとしていたのはテスカトリポカのことじゃなかった! いやテスカトリポカもまた描きたいですけどネタもありますけど。

調べ物のために『フィレンツェ絵文書・第11書』を読みたいけどなかなか落ち着いて読めないとか言っているうちに別件で『第6書』も調べたくなってきて困っております。そして取り寄せた資料はいまだにちょっとしか読めてませんとか言いつつ図書館で借りたムックはちょこちょこ手にとっていたりする。いやその、ちょっとした空き時間にささっと読むとなるとこういうのの方が手頃なもんで、つい……。
ちなみに『別冊宝島 幻想世界の神々イラスト大事典』という本なんですが、ここでも「善良な創造神ケツァルコアトルと邪悪な破壊神テスカトリポカの対立」という構図が強調されてて、ああまたか……な気分であります。「破壊と死の化身」とか言われてるけどテスカトリポカ、「人間の創造者」「生命に必要なものの所有者」でもあるんですけど。そして、テスカトリポカに妻を奪われたり第3の太陽をやっていたらケツァルコアトルに太陽の地位を剥奪されたり息子or関係者を第5の太陽にしようとしたのにケツァルコアトルの息子or関係者が太陽になってしまったり……しているのにその辺り思いっきりスルーされているトラロックがとても不憫に思えてきました。っていうか、「テスカトリポカは洪水などで3回世界を滅ぼし、そのたびにケツァルコアトルは世界を再生したという」という記述はおかしいでしょう、トラロックの第3の太陽を火の雨で滅ぼしたのはケツァルコアトルなんだし。しかし、ケツァルコアトルがテスカトリポカを棒で殴っただのテスカトリポカがケツァルコアトルの尻を蹴飛ばしただの、んもうなんなのこの2人の戦い。それにしても、何故ケツァルコアトルはトラロックの太陽を滅ぼした後、代わりにチャルチウトリクエを太陽の座に据えたのか。自分がもう一度太陽になることはできなかったんでしょうか、第5の太陽はケツァルコアトルが自分1人で作った息子(『絵によるメキシコ人の歴史』設定)だけどケツァルコアトル本人じゃないんですよね。太陽には1度しかなれないのかもしれませんが、しかし何故チャルチウトリクエが第4の太陽に指名されたのかということはやっぱりよく分からない……。

話は変わるけれど、『世界祝福』のネタ出しもボチボチやってます。細かいことは決まってませんが、とりあえずお下劣バイオレンスな話になることは確かです。約翰にはよくあることとはいえ、数少ない集中豪無本がこんなんですみませんという気にもなります。でもやっぱり書きたいものを書くしかないんです、すみません。

アステカネタで気になることがあるからと資料を取り寄せたものの落ち着いて読書をする時間が取れず、悶々としているうちになんだかゲッテンカ熱が上がってきた……どうすればいいんですか!
それでなくともただでさえ『にじのまんなか』11周年記念絵は気合入れて掛かろうと構想を練っていたり、それがすんだら秋のビックリマンオンリー向けの原稿やらなきゃだから表紙の構図とか本文のプロットとかもボチボチ形にしていかなきゃとか、いろいろ考えているところだったんですがああもうああもう。体が1つじゃ足りません!
ところで秋のビックリマンオンリー、今度の会場は板橋なんですね。宿とか交通手段とかも調べておかないと。

ああところで今、件の調べものとは関係あるようなないような件で『マリアベッキアーノ絵文書』をパラパラめくってるんですけど、テスカトリポカとチャルチウトリクエってどんな関係があるんでしょうね? いや、同じページにいたもんで……。
そしてもはや件の調べものとは関係なくなってしまいますが、忘れないようにメモ……『マリアベッキアーノ』ではケツァルコアトルはミクトランテクトリの息子になってるみたいですね。ミクトランテクトリにはもう1人ショロトルと呼ばれる息子がいるといった記述もあり、この辺がケツァルコアトルとショロトルが双子という設定の出所みたいです。『絵によるメキシコ人の歴史』だとケツァルコアトルとウィツィロポチトリがミクトランテクトリとミクテカシワトルの夫婦を創ったという話ですが。そしてこれは前にも書いたと思いますが、『絵による』には赤と黒のテスカトリポカとケツァルコアトルとウィツィロポチトリの4兄弟が出てきますが『マリアベッキアーノ』設定だとウィツィロポチトリはテスカトリポカの友達だったり、本当に伝承のバージョン違いってややこしい……。
そうそう、蒸し風呂とテスカトリポカの関係も気になります。

「何だこの想像力の欠如を具象化したような建物は」宛のコメントに返信しております。

まったくもう、ワルズ・ギル皇子は今回も面白いなぁ。
パカチャマック、じゃなくてパジャマチャック、じゃなくてパチャカマック13世。

……いやいや、これは古代ペルーのシカン神です。もっともパチャカマック遺跡でもシカン神を描いた遺物は出てますけどね、ってそういう問題じゃないだろ約翰。
ええとその、今日が最終日だったんで行ってきたんですよ『インカ帝国のルーツ 黄金の都シカン展』。で、写真OKだったから撮ってきました。この展覧会については「やっぱり『インカ』とか『黄金』とかってキャッチーだよね、『シカン』だけじゃ何それで流されかねないもんね」などとちょいとひねくれたことを言いつつもしっかり楽しみにしておりました。
そして実は展覧会開始翌日の1月30日にも行ってたんですが、その時は撮影可能なことに気付かなくて撮ってなかったんです。
なんで1月30日だったのかというと、BIZEN中南米美術館(BLAM)の森下館長の講演が聴きたかったからです。という訳で以下、講演の様子を簡単にご紹介。
講演会場にて、司会の女性から紹介を受けて登場した館長さんがいきなり吹き鳴らした笛の音を聞いて「あ、これ! マヤの土笛!」と、約翰のテンションはさっそく上昇。
こうして始まった講演は『目からウロコの古代中南米』ということで、土蔵の中にあったお祖父さんのコレクションの古代中南米の美術品を遊び道具にしていた館長さんの子供時代のエピソードから、まずは子供の目で館内発掘を楽しみましょう、そして知識を持ってから改めて見るとより面白くなる、といった話を、BLAMの活動紹介なども交えつつ展開していきました。
館長さんの話にあった「片手に鳥瞰図、片手に虫眼鏡」という言葉は肝に銘じておこうと思いました。ほら、ウチってとかく細かいネタにばかりハマりがちじゃないですか……全体も見ないとね。
講演終了後、館長さんに「お久し振りです」とご挨拶に行きました。私の隣にいた女性が話している間、館長さんが美術館スタッフに黙って持って来たというシカン神の顔がついた黒色土器の壺をガン見していたら、視線に気付いた館長さんが土器を持たせてくださいました。いかにも重厚そうに黒光りするそれは手に取ると見た目の印象に反して軽く、不思議な感覚になりました。盗掘の際に付いたと思しき壺の背面の傷の補修跡の説明も聞けたし、いい体験をさせていただきました。
「最近アステカ神話関係の本を集めてて、自分で訳してみてるんです。要約とかいくつかの話を合わせたものとかはあっても、そのままを訳したものってなかなか読む機会が無いじゃないですか」と言ったら、館長さん曰く「需要が無いですからね」……そうですよね、無いですよね……。

館長さんと約翰。

展覧会の方も充実の内容でした。でなきゃリピートなんてしませんよ! 美術としても楽しめ、考古学的な興味にも応えてくれます。
黄金のトゥミ(儀式用ナイフ)は、同じものか類似のものかは判らないけど、とにかくこういうものは確か昔天満屋デパートでやってたペルー黄金展だったかなんかそんな感じの展覧会で見たことがあったな、あの頃はエジプトにハマったばかりだったからペルーまで手が回らなかったけど(って、今は今でアステカで手一杯になってるけど)、この形とか色とかシカン神の顔とかは以来ちゃんと印象に残ってる……と、なんだか懐かしい気持ちを起こさせるものでした。
シカン神の顔は多くの展示品についていましたが、その中には心なしか微笑んでいるように見えるものもあって、そのことが妙に印象的でした。
黄金のトゥミと並ぶこの展覧会のもうひとつの「顔」、黄金大仮面はやはりインパクトがありました。まず圧倒されるのはその大きさ。それから、デザインの不思議さや細工の細かさや使用されている素材の質感などにも目を奪われます。
会場内では発掘の様子のダイジェストなどいろいろなビデオが流されていましたが、シカンの特徴的なアイテムのひとつ黒色土器の再現実験のビデオは実際に本物の当時の土器を触らせていただいた後だったからか特に印象に残りました。
印象に残ったといえば、黄金の装身具を身につけたシカンのエリート男性想像図の前で小学校高学年ぐらいの女の子が「なんで王様なのにちゃんとした靴履いてないの?」とか「なんでこんなの鼻につけるの? これオシャレじゃないよ!」と親御さんを質問攻めにしていたのも頭から離れません。
他にもいろいろ面白いものはあったんですが、いちいち挙げていくとキリがないので割愛いたします。
しかし、こういう展覧会を見ると、やっぱり遺跡遺物はちゃんとした手順で学術的に発掘されてこそだよなぁとしみじみ思います。盗掘だと金銀宝石骨董品といった意味でのモノは手に入っても、出土した状況などを分析したりそこから推察したりすることによって得られる知識というお宝は大いに失われてしまいますもんね。

とまぁそんな感じで閉館時間ギリギリまで会場にいたんですが、帰るために下りのエスカレーターに乗ったら入り口の所に貼られていたポスターがさっそくベリベリとはがされていく様子が見え、展覧会の余韻に祭りの後的寂しさをぶっ掛けられてちょっと目が虚ろになりました。

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