Tasteless Blog

調べ物のために『フィレンツェ絵文書・第11書』を読みたいけどなかなか落ち着いて読めないとか言っているうちに別件で『第6書』も調べたくなってきて困っております。そして取り寄せた資料はいまだにちょっとしか読めてませんとか言いつつ図書館で借りたムックはちょこちょこ手にとっていたりする。いやその、ちょっとした空き時間にささっと読むとなるとこういうのの方が手頃なもんで、つい……。
ちなみに『別冊宝島 幻想世界の神々イラスト大事典』という本なんですが、ここでも「善良な創造神ケツァルコアトルと邪悪な破壊神テスカトリポカの対立」という構図が強調されてて、ああまたか……な気分であります。「破壊と死の化身」とか言われてるけどテスカトリポカ、「人間の創造者」「生命に必要なものの所有者」でもあるんですけど。そして、テスカトリポカに妻を奪われたり第3の太陽をやっていたらケツァルコアトルに太陽の地位を剥奪されたり息子or関係者を第5の太陽にしようとしたのにケツァルコアトルの息子or関係者が太陽になってしまったり……しているのにその辺り思いっきりスルーされているトラロックがとても不憫に思えてきました。っていうか、「テスカトリポカは洪水などで3回世界を滅ぼし、そのたびにケツァルコアトルは世界を再生したという」という記述はおかしいでしょう、トラロックの第3の太陽を火の雨で滅ぼしたのはケツァルコアトルなんだし。しかし、ケツァルコアトルがテスカトリポカを棒で殴っただのテスカトリポカがケツァルコアトルの尻を蹴飛ばしただの、んもうなんなのこの2人の戦い。それにしても、何故ケツァルコアトルはトラロックの太陽を滅ぼした後、代わりにチャルチウトリクエを太陽の座に据えたのか。自分がもう一度太陽になることはできなかったんでしょうか、第5の太陽はケツァルコアトルが自分1人で作った息子(『絵によるメキシコ人の歴史』設定)だけどケツァルコアトル本人じゃないんですよね。太陽には1度しかなれないのかもしれませんが、しかし何故チャルチウトリクエが第4の太陽に指名されたのかということはやっぱりよく分からない……。

話は変わるけれど、『世界祝福』のネタ出しもボチボチやってます。細かいことは決まってませんが、とりあえずお下劣バイオレンスな話になることは確かです。約翰にはよくあることとはいえ、数少ない集中豪無本がこんなんですみませんという気にもなります。でもやっぱり書きたいものを書くしかないんです、すみません。

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