Tasteless Blog

トイレ4匹目

9月 21st, 2011

あー、気になること書きたいことはいろいろあるけど、人に見せられるような形にまとまってない。

そういえば、トラロックで思い出したんですけど、トラロックに相当するミシュテカ人(ナワトル語での呼称。「雲の民」の意)の神はザウィでしたね。で、ミシュテカ人は自らをニュウ=ザウィ(ザウィの地/民)と称してたんですが、とするとザウィは彼らの主神だったんでしょうか。
後古典期後期のメキシコというとどうもメシーカ人・テノチティトランの話ばかりになりがちで、他の民族・地域のことはなかなか話題に上りませんよね。もっといろいろ知りたいんですけど……って、メシーカ人・テノチティトランのことすらろくに解ってないくせに何を言うか。

あー、アステカ絵チャ参加したかったなー。でも実家に帰省してたから無理だったんだよなー。
トラロック……「第5の太陽の創造」エピソードなんかだとケツァルコアトルと張り合おうとしてる印象があるけど、『マリアベッキアーノ絵文書』の設定だとケツァルコアトルの友達あるいは親戚ってことになってますよね。で、『フィレンツェ絵文書』にはケツァルコアトルは雨の神々の通り道を掃き清めたと書かれてたり、トラロックに仕える神々テピクトトン(作られた小さな神々)の項にケツァルコアトルの名が挙げられてたりする……イメージがなかなかまとまりません。
トラロックはまた、テスカトリポカに最初の妻ショチケツァルを奪われもしてますが、そういえばトラロックもテスカトリポカもジャガーの要素を持っているけれど、どんな関係があるのか。
ちょっとずれるかもですが『マリアベッキアーノ』でトラロックの姉妹(あるいはorそして)妻であるチャルチウトリクエとテスカトリポカが同じページに描かれてるのも気になります。
あー、調べたいことがいっぱい……。

ゲッテンカのシールが当たったー!
(以下、ネタバレ注意)
いやぁ、ビックリマン世代には堪らんですねぇ。自分の絵柄はビックリマンシールに多大な影響を受けているし……って、届いたのはビックリマンじゃなくてゲッテンカのシールですが、しかしグリーンハウスのイラストを使用してる時点でビックリマン世代をターゲットにしてるでしょうゲッテンカ。
裏書はカードのとちょっと違うみたいですね、島流しもバカンス気分でウッキウキ……。あ~でもやっぱりウッキーしゃま可愛い。可愛い可愛い。
お市はカードにはいませんでしたよね。しかし、お市と茶々・初・江を揃えるには第2弾シールも当てないといけないっぽいですね。小判カードは意外とダブりがなかったんで、次のキャンペーンに応募できるほど貯められるでしょうか? いや、他ジャンルでもいろいろ欲しいものがあるからゲッテンカばかりにつぎ込む訳にもいかない、っていうかつい先日オーズ&ゴーカイの本を買い込んであまりお小遣い残ってないし……趣味が多いとこういう時は辛いですね。
趣味多くて辛いと言えば、ゲッテンカ絵も久し振りに描きたいんですがまだ描きかけのコクッパ絵もアステカ絵も終わってねぇ。コクッパの波が来ているときにはコクッパを、アステカの波が来ているときにはアステカを描いているんで、どっちもなかなか仕上がらないという。自分で言うのもなんだけど、どうしてこうも気まぐれで気が多いんだろう私。

あああこのところ全然本が読めない文が書けない絵が描けないぃいいいいいいいい!
「クッパの日(9/8)」にも何もできなかったよチックショー!
それでもなんとかブログを書こうとしたけど、ブラウザの強制終了で書きかけの文が全部消えてしまいましたよもう気力が残ってねぇ。
せめて…せめて日中にアイロンが掛けられれば……アイロン掛けは地味に悩みの種。

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(さらに…)

「コクッパ親衛隊」の兄弟順とルドウィッグの項に少し加筆いたしました。
いや、前々から思ってたんですけど、ルドウィッグって『SMB3』と『NSMBW』とではキャラ違いますよね。Wiiのルドウィッグは「イエーイ」とか「ベイビー」とか言わないし。大人びた頭脳派キャラには似つかわしくないってことなんでしょうけど、じゃあなぜそんな設定に? 初登場時はイエーイのってるかいベイビーな奴だったのに? などと常々考えてました。
私の二次創作ではコクッパの口調を『SMB3』取説のに厳密に合わせることにはそこまでこだわってなかったので、変化は大して問題にならなかったんですが、合わせる派の人はどう考えてらっしゃるんでしょうか。

台風が岡山を直撃したのは久し振りですよ、私の住んでいる辺りはとりあえず大丈夫ですが。

それはさて措き、相変わらず文章をまとめられん~っていうか本を断片的にしか読んでない~。
という訳で、断片的なメモやらぼやきやら。

『古代アメリカ 第11号』収録の「アステカ・テノチティトラン主神殿出土のトルコ石の象徴性」によれば、テンプロ=マヨールではウィツィロポチトリ側からはトルコ石が、トラロック側からは翡翠が多く出土していて、トラロック側の数少ないトルコ石製品も太陽に関連する儀礼用具だそうです。メシーカ人(のエリート層)は、メソアメリカで古来水の象徴として珍重されてきた翡翠に、自分たちが北方から持ち込んだトルコ石を太陽(火)の象徴として対比しようとしていたが、「チャルチウィトル=翡翠 / シウィトル=トルコ石」という区別は他の民族にはあまり広まらず、チャルチウィトルという言葉で翡翠だけでなくトルコ石(およびそれらに似た青~緑の石)を表していたらしいです。しかし『フィレンツェ絵文書』や『プリメーロス=メモリアーレス』の「トラロックの歌」にはトルコ石のボートあるいは家と訳されるxivacalcoという言葉が出てきます(同じ単語でもCFとPMとで訳が異なることがしばしばあってややこしい)。ここでのトルコ石が象徴するものはなんでしょう? この歌にはチャルチウィトルは出てきてないっぽいのも謎……。

同じく『フィレンツェ絵文書』や『プリメーロス=メモリアーレス』に収められた「ショチケツァルの歌」でピルツィンテクトリが泣きながらショチケツァルを探しているのはギリシア神話のペルセフォネの話に似ているといった指摘が『プリメーロス=メモリアーレス』訳注にありました。
……あ、『フィレンツェ絵文書』収録の「ショチケツァルの歌」には「トルコ石の霧の地」も出てくるなぁ。本当、トルコ石って何を表すの……。

ところで、アステカ神話の本ってなかなかいいのがありませんね。
多くの人が参考にしていると思われる松村武雄『メキシコの神話伝説』やアイリーン・ニコルソン『マヤ・アステカの神話』はいずれも怪しい記述が多いから、私としてはアステカ神話関連書の中で普及しているのがこれらという状況がいらだたしくてなりません。
『メキシコの神話伝説』は「脚色大爆発! ~だから孫引きは危険なんだってば~」ってな感じですね。編者は神話学者とはいえ古代中南米はメインの取り扱いジャンルではないらしくそれほど詳しくはなさそうです。で、この本に収録されている話は、神話の原典をそのまま訳したものなどではなくそれらによって書かれた概説書を参考にし、その参考にした本の中の断片的な記述を元にしつつ想像力で膨らませた結果、オリジナルの話とはかけ離れたものになってしまったものが多いです。
『マヤ・アステカの神話』はケツァルコアトルへの思い入れが強すぎて、何かいろいろ歪になってしまっている気がします。例えば、「ケツァルコアトルの後期アステカ版表現であるウィツィロポチトリ」って、ウィツィロポチトリはテスカトリポカの特徴も取り入れてますが。いやそもそもメシーカ人固有の神としての要素を軽視しすぎてやいませんか?みたいな。
土方美雄『マヤ・アステカの神々』は手堅く良心的だとは思うけど、初心者向けだからか項目数も各項目の長さも物足りません。作画の参考にもしづらいイメージイラストはいいから、もっと神々の解説を増やして欲しかったです。
他にもあるけど、今回はこの辺で。

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