Tasteless Blog


描きかけのアステカ絵が行き詰まってる&このところアステカ語りばかりだった反動が来た、で勢いで描いたルドウィッグ。
「ルドウィッグはクラシックの作曲家」という設定が日本でも広まって欲しいです。
アステカ絵と言えば、pixivの企画にも参加したいです。しかしそのためには今描きかけのではなくまた別の作品を出さねば……。
そして久し振りにペチ子も描きたい。っていうかそろそろ年賀状用イラストについても考えねば。

腰痛もひどい

10月 23rd, 2011

「もういい、もういいってば!」と言われそうだけど文献を渉猟する私を襲った笑撃を自分一人のものにしてはおけないのでやっぱりやるよ! 『メキシコの神話伝説』に収録されてるお話の検証。今回は「火の起源」(ケツァルコアトルが生のものを食べ寒さに苦しまねばならない人間を哀れんで自分の靴を振って火を与えてやった話)です。
 
 
このお話の元になったのは、ブリントンの『Myths of the New World』内の「サンダルを振ることによって彼(ケツァルコアトル)は火を人間に与え、そして平和と豊かさと富を彼の臣民に授けた」という箇所のようです。
しかしブリントンはどういった経緯でケツァルコアトルが人間に火を与えることになったのかについては詳しく語っていません。そこで、サンダルから火を出したエピソードを含む神話を、ブリントンに代わって私が紹介します。少々長くなりますがお付き合いください。
「 これらの部族は火をもっていなかった。トヒールの神の部族だけが火を持っていた。トヒールは初めて火をつくった部族の神であった。どうして火ができたかは知られていない。バラム・キツェーとバラム・アカブが見たときには、もう火は燃えていたのである。じつは彼らが、
「ああ、もうわれわれの火はなくなってしまった。やがて寒さにこごえて死んでしまうだろう」
といったので、トヒールが、
「心配するな。おまえたちが失ったというその火を、おまえたちに与えてやろう」
と言った。彼らは、
「おお、神さま、ほんとうですか。われらを支え、われらを守ってくださる神さま、おお、われらの神さま」
と、神に感謝した。
 (中略)
 ところが、その火が燃えさかっているとき、にわかに大雨が降ってきた。霰が部族の人々の頭上に降ってきた。おかげで火は消えてしまい、またもや火がなくなってしまった。そこでバラム・キツェーとバラム・アカブは、もう一度火を与えてくれるようにと、トヒールに頼んだ。
「おお、トヒールの神。ほんとに私たちはこの寒さで死んでしまいます」
と言った。
「よし、心配するな」
と、トヒールは答えて、靴のなかをかきまわし、すぐに火をとり出した(訳注:木の棒を早くまわして火を起こす原始発火法をさしているものと思われる)。
 バラム・キツェー、バラム・アカブ、マクフタフとイキ・バラムの4人は大喜びで、またすぐに身体をあたためた。
 一方、そのころ、ヴカマッグの人々の火も同じように消えてしまって、彼らは寒さで死にそうになっていた。それで彼らは大急ぎで、バラム・キツェー、バラム・アカブ、マクフタフとイキ・バラムのところへ火を求めにやって来た。
 (中略)
 頼みにやって来た者たちは、バラム・キツェー、バラム・アカブ、マクフタフとイキ・バラムの前に現われると、
「あなた方は、われわれを哀れと思ってくださらないのでしょうか。われわれは、あなた方の火を、ほんの少しばかりいただきたいとお願いしているだけなのですが。われわれは、もともと一つになっていたのではありませんか。われわれが創られ、形を与えられたころは、同じ故郷に住み、一つの国にいたではありませんか。どうか、われわれに情をかけてください」
と言った。
 (中略)
「おお、トヒールよ。あなたの火を求めてやって来た部族の者たちは、何をあなたに差し上げればよいのでしょうか」
と、バラム・キツェー、バラム・アカブ、マクフタフとイキ・バラムが言った。
「よし、彼らはその胸と腋の下をくれるだろうか(訳注:これは、メキシコ式に、胸を石刀で開き、その心臓を神に捧げるため、犠牲に供する者を渡せ、ということである)。彼らは、このトヒールにこの腕で抱きしめてもらいたいと願っているだろうか。それがいやというなら、おれも、火をやるわけにはゆかぬ」
とトヒールは答え、
 (中略)
 それで彼らは、トヒールのこの言葉を伝えた。これをきいて部族の者たちは、
「かしこまりました。われわれは一緒になって、トヒールを抱きしめましょう」
と言って、すぐさま、そのようにした。
 彼らは、
「よし。しかし、早くだよ」
と言った。そうして部族の者たちは火を受け取り、身体をあたためた」(レシーノス原訳 / 林家永吉訳 / 『マヤ神話 ポポル・ヴフ』 / 中央公論新社 / 2001改訳 より)

「ケツァルコアトル出てこねぇじゃねぇか! っつーか、なんで『ポポル=ヴフ』なんだよ!」とツッコまれそうですが、しばしお待ちを。私なりの推理の結果なのです、どうぞ続きをお読みください。
ブリントンは件の記述のあるページの脚注に「ケツァルコアトルの神話は主としてサアグンの『ヌエバ=エスパーニャ総覧』lib. i. cap. 5 ; lib. iii. caps. 3, 13, 14 ; lib. X. cap. 29およびトルケマーダの『インディアスの王朝』lib. vi. cap. 24より採った。覚えておくべきなのは、キチェー人の伝説は彼を中米のトヒールと確かに同一視しているということである(『聖なる書』p. 247)」と書いています。
そこで、まずサアグンの著書の該当箇所を読んでみましたが、火の起源に関する話は出てきませんでした。なので次にトルケマーダの本に移りましたが、ケツァルコアトルはおらず代わりに太閤様やら内府様やらが現われたので「あれ? 私なんで日本に来ちゃったんだ?」と困惑しましたが、どうやらブリントンの本の脚注でローマ数字の「xi」が誤植で「vi」になっていたためのようでした。紛らわしいんだよ! 気を取り直してlib. xi. cap. 24を開いたら確かにケツァルコアトルがいましたが、火がどうのサンダルがどうのといった話はないようです。となると、脚注で言及された本はあとは『聖なる書(Le Livre Sacré)』だけか……これはブラッスール=ド=ブールブールによる『ポポル=ヴフ』のフランス語訳のことなので、手元にある日本語版『ポポル=ヴフ』を参照したところ、ようやくそれらしき話を見つけられました。なお、なぜブリントンがトヒールのエピソードをケツァルコアトルのものとして紹介したのかは、やはり脚注にもあるように『ポポル=ヴフ』の中で「トヒールがヨルクアト・キッツァルクアトという名のヤキ(訳注:メキシコ人・トルテカ族)の神と同じ神であった」と言われているからでしょう。それに、サンダルから火を出すなんてなんか格好いいじゃないですか。ちなみにブリントン、ケツァルコアトルの事績の列挙とは別に、トヒールがサンダルを振ってキチェー人に火を与えたことにも触れてます。ついでに言うと、松村氏による『メキシコの神話伝説』のクェツァルコアトル神の項でもその呼び名のひとつとしてトヒルが挙げられています。
まとめると、こういう流れになりそうです。「『ポポル=ヴフ』によれば、トヒールは自分のサンダルをかき回すことで火を起こした。また、トヒールとケツァルコアトルとは同じ神である。→ブリントンがケツァルコアトルの業績にトヒールのサンダル火起こしエピソードを加える。→松村氏がブリントンの記述から、恵み深く慈愛あふれる神ケツァルコアトルが人間を哀れんで火を与えたという物語を想像する。→『メキシコの神話伝説』に松村氏の創作神話「火の起源」が掲載される」
……『メキシコの神話伝説』、確かに読み物としては読みやすくて面白いんですよ。それに、分かりやすく面白い本を作ろうという松村氏の努力は理解できるんです。だけど、だけど「アステカ神話に関する正しい知識」を求める人にとってはある意味余計なお世話なんですよ! いくら松村氏自身がこれは専門書ではなく通俗書の高級なものというつもりで作っていてなおかつその意図を読者にも明らかにしていたとしても、ここまで大胆に創作を交えてるなんて普通思いませんよ! それこそちゃんと言っといてくれなきゃ! 私も偶然気付くまでは『メキシコの神話伝説』の記述を信じてました。松村氏が参考にした資料がそもそも不正確だったり説明不足だったりといった問題もありますが、創作を創作と断らないってのはまた別問題ですってば……。
まぁ、しかしこれはブリントンの書き方にも難があったよな……あのまとめ方じゃ、松村氏が「火の起源」みたいなふくらませ方をしたくなるのも解ります。それに、彼の本では、サンダル火起こしエピソードにはトヒールのとケツァルコアトルのとがあるようにも読めてしまいます。脚注にある参考文献を併せて読めば判るとはいえ、わざわざそこまでしない人も多いでしょうし。ついでに言うと、トヒールが火を与える代わりに生贄を要求したことが書かれてないのも意図的なんじゃないかという気がします。ブリントンはケツァルコアトルとテスカトリポカの抗争を聖トマスがもたらしたキリスト教と土着の異教との間の戦いを示すものとしているようだし、ケツァルコアトルが(そして彼と同一視されるトヒールが)人身供犠を肯定する話はあまり取り上げたくなかったんじゃないかと思うので。
ともかく、早く『メキシコの神話伝説』に代わる読みやすくて面白いアステカ神話入門書が出来て、広まりますように。

肩こりがひどい

10月 22nd, 2011

「またかよ、もういいよ」と言われそうだけど今や元ネタ探しが楽しくて仕方なくなってしまったのでやっぱりやるよ! 『メキシコの神話伝説』に収録されてるお話の検証。今回は「決死の組打ち」(テスカトリポカとの勝負に勝ち意中の乙女と結ばれた青年の話)です。
 
 
このお話はあちこちで紹介されてるので結構有名ですが、松村武雄氏はルイス=スペンスの『Myths of Mexico and Peru』内の「もし(テスカトリポカとの)格闘で彼をつかみ打ち負かした者がいれば、彼は欲する恩恵をなんでも願ってよかった」といった記述を読み、「決死の組打ち」の物語を書いたようです。ただし、スペンスの著書には具体的なエピソードはなく、したがって「決死の組打ち」にあるような恋愛成就の話もありません。
スペンスのこの記述は、『フィレンツェ絵文書・第5書(予兆の書)』の第3章および第11章をごく短くまとめたものと思われます。スペンスよりもう少し詳しく述べると、「テスカトリポカは人間を気晴らしの慰み者にするために、首が無く胸から腹にかけて大きく裂けた男のような化け物ヨワルテポストリ(第3章)や大男(第11章)に化身して夜に現れるが、こうした化け物を取り押さえ化け物が持っているトゲ(約翰注:自己犠牲の瀉血に用いたりするようなものだと思う)を手に入れられるような勇敢な者は富や捕虜や武勇を得、地上のあらゆる幸福や満足を褒美として受けられる」といった感じになります。
ここで注意したいのは、ヨワルテポストリにしても大男にしてもテスカトリポカ本来の姿ではないということです。しかしスペンスは要約する際に、テスカトリポカが化身として人の前に現れたということについては言及しなかったので、おそらく『フィレンツェ絵文書』は読んでいなかったであろう松村氏は、テスカトリポカは絵文書などにあるような姿で人と対峙したと考えてしまったようです。
それにしても、本来はもっぱら捕虜がどうの武勇がどうのといった話だったのに、(原典を知らなかったであろうとはいえ)何としても想い人を振り向かせたいという恋の話にしてしまうなんて、松村氏はロマンティックで優しい考え方の人のようですね。同じく松村氏が創作したショロトル他のエピソードからもそれは伺えます。しかし、その優しさは私を含むアステカ神話初心者を惑わせるものでもあるんですよ!
 
余談ですが、この記事を書くにあたり『フィレンツェ絵文書・第5書』を読んで、テスカトリポカは人間を弄んで嘲るのが本当に好きなんだなぁと改めて思いました。

体育の日には家族でママチャリレースに参加してたんですが、日頃買い物でよく自転車に乗っているとはいえカーレース向けサーキットを走るのはちょっときつかったです。でも信号とか車とか気にせずに広い道を走れるのは楽しかった。
我々が参加したママチャリレースは大会全体の構成的には前座みたいなもので、メインはスポーツ仕様の自転車による耐久レースだったんですが、その頃には私はもっぱらピット裏で『Mockeries』を読んでました。
で、小っ恥ずかしい告白をせねばならんのですが……以前、『メキシコの歴史』ではテスカトリポカの失われた足は左足という話をしましたが、あれは私の誤読でありました。一旦忘れてください。『Mockeries』によればテスカトリポカの失われた足は左右どちらでもありうるそうです。ああもう恥ずかしい……! やっぱりちゃんとスペイン語の勉強しないと駄目ですね。
『Mockeries』によれば、『フェイェルヴァリー=メイヤー絵文書』ではショチピリが、『ボルジア絵文書』ではトラウィスカルパンテクトリがシパクトリに足を食われています。これらの神々はテスカトリポカと互換性があるんでしょうか? トラウィスカルパンテクトリはイツトラコリウキつながりでテスカトリポカと関係ありそうだけど、他にも何かあるんでしょうか。この辺もっとちゃんと読んでみないと。
しかしこのシパクトリとかトラルテクトリとかもややこしいなぁ……『メキシコの歴史』では最初からトラルテクトリという名で現れてるけど、『絵によるメキシコ人の歴史』では大魚(ワニ)シパクトリから大地を創りしかる後にトラルテクトリと呼ぶようになったんでしたっけ。
そうそう、今挙げた2冊の違いは他にもあって、『メキシコの歴史』ではケツァルコアトルとテスカトリポカが大地を創ったんですが、『絵によるメキシコ人の歴史』ではケツァルコアトルとウィツィロポチトリがやったことになってます。っていうかどうも、『絵によるメキシコ人の歴史』はウィツィロポチトリをテスカトリポカに取って代わらせようとしているような節があります。テスカトリポカの存在は当時の人々の間で大きなものだったから完全に無視はできなかったんだろうなとも思わせられましたが。だからテスカトリポカの活躍シーンも残しつつ、一方で例えば、黒のテスカトリポカはオメテオトルの4柱の息子のうちで最も強いとしながらも最も悪いとも言ってみたり、コアテペックでのウィツィロポチトリ誕生譚(2度生まれるとか全然アリでしょう神様なんだから)ではテスカトリポカによって創られた5人の女たちが苦行をしていた折、そのうちの一人コアトリクエが羽によって処女懐胎し、やはりテスカトリポカによって創られた400人の男たちに殺されそうになったところで完全武装して生まれたウィツィロポチトリが彼らを全滅させた、といった筋書きになってたりしたのかな、と。
……って、コアテペックでのウィツィロポチトリのエピソードって、そもそもはメシーカ人がウィツィロポチトリの神託で示された地テノチティトランにたどり着くまでの旅の途中、ウィツナワとコヨルシャウキという人間たちがもうここに住めばいいじゃないかと主張して神の怒りに触れ殺された、というものだったはず(このバージョンはドゥランの本とかに書かれてる)。で、その伝説に神話的要素が付け加えられていき形を変えたものが有名な『フィレンツェ絵文書』版の話、コアテペックにて天から降ってきた羽により身ごもったコアトリクエが彼女の娘コヨルシャウキと息子たちセンツォンウィツナワに殺されそうになったが完全武装して生まれたウィツィロポチトリが彼らを惨殺したというものですね。『絵によるメキシコ人の歴史』収録バージョンはこれをさらにアレンジしたものと思われます。しかし、コヨルシャウキの出番がなくなってるってどうなんでしょう?
ところで、『絵によるメキシコ人の歴史』では大いに持ち上げられているウィツィロポチトリですが、『太陽の伝説』ではケツァルコアトルの太陽を動かすために生け贄になって死ぬという役しか与えられてないのでした。『絵によるメキシコ人の歴史』ではケツァルコアトルもしっかり立ててるというのに、一方通行ぶりが切ないです。『絵によるメキシコ人の歴史』の中の人と『太陽の伝説』の中の人が出会ったら一体どうなるんでしょう?

さてさて、前回からの続きであります。
 
 
『ボルジア絵文書』『バチカンB絵文書』では、「1のシカ」のトレセーナの守護者はトラソルテオトルとテペヨロトルとなっています。そして、『バチカンA絵文書』のテペヨロトルと「1のシカ」のトレセーナの解説によれば、この期間に捧げられる生贄は善きものとはみなされず、「糞の生贄」と呼ばれたとのこと。その後に続けて、最後の4日間にはショチケツァルに敬意を表して断食が捧げられた、というのはこの女神が大地に花を咲かせるからである……といったことが書かれてます。ギレーム=オリヴィエの『Mockeries and Metamorphoses of an Aztec God』(2003)によれば、ショチケツァルとトラソルテオトルが司る2つの働きにより、屑はこうして繁殖や豊かな実りと結び付けられるようだということです。
まぁなんだかそんな感じで、ショチケツァルとトラソルテオトルは全く関係ない訳でもないっぽいですね。
大体ショチケツァル、娼婦の女神でもあったり最初に罪を犯した女とされてたり、なんかダーティなイメージが元々ありますもんね。名前の綺麗さだけ見てちゃいかんのです、きっと。
 
ところで、前回の記事でも名前が出た卑しさと貪欲さの女神ショチテカシワトルですが、彼女はショチケツァルと何か関係があるんでしょうか?
自分で原文に当たってないのが何ですが、やはりオリヴィエの『Mockeries』によれば、トラスカラではケチョリの祭の間ショチケツァル・ショチテカトル・マトラルクエイエそしてシワコアトルの女神たちに敬意が表され、小さな少女たちが儀式で殺されたそうです。ショチテカトルって遺跡の名前じゃなかったっけと思いましたが、マトラルクエイエは女神の名前でもあり山の名前でもある(っていうか山そのものが御神体?)ので、ショチテカトルも神名兼地名ってこともあり得るんじゃなかろうかと思ったんですがどうでしょう。ショチテカシワトルは別名みたいな……トラロックがトラロカテクトリ(トラロックの地の主)とも呼ばれていることを思えばどうってことないような気がするんですけど。
……とにかく、『トラスカラ史』で続けて名前が出てきた3女神、ショチケツァル・マトラルクエイエ・ショチテカシワトル(ショチテカトル)が共にケチョリの祭で敬われていたっぽいことが判ったっぽいので、彼女たちは何か似たような性質があるとか何かしらの関係があるようです。はっきり断言できなくてすみません。
 
話は変わりますが、ウィシュトシワトルについてもちょっとメモしときます。
ウィシュトシワトルは雨の神々の姉だったが、弟たちを嘲って怒らせ、塩の地(iztapanという言葉の感じからして、多分地表に塩の層が現れているような所)に追いやられてしまった。しかし彼女は不毛の地と思われていたそこで塩という有益なものを見出し、以来製塩者の女神となった……ってな感じですかね。
テクイルウィトントリの月の祭の際に、ウィシュトシワトルの化身とされた女性が生贄になりました。
ウィシュトシワトルの装束には水に関する意匠が多く用いられているけれど、青い紙製の冠に飾られたケツァルの羽はトウモロコシの毛のようにされたので、彼女は水だけでなくトウモロコシにも関係があったのかもしれません。

まきびし

10月 5th, 2011

話題を振っていただいたので、ショチケツァル/トラソルテオトルについて、少し語ります。
 
 
「ショチケツァルはトラソルテオトルの別名」という説の言い出しっぺはアルベール=レヴィユだったんだろうかという気がしてきました。19世紀とかの古い文献はほとんど調べられていないので確証は持てませんが、ともかく彼は『The Native Religions of Mexico and Peru』(1884)の中で「アステカ人はまたウェヌスも持っていた。トラソルテオトル(官能の女神)の名を有する愛の女神。トラスカラでは彼女はショチケツァル(花のような羽毛)というより優雅な名で知られていた」と述べています。そして少なくとも、やはりテスカトリポカに奪われたトラロックの妻の名をトラソルテオトルとしている『Mythologies of Mexico and Peru』(1907)の参考文献リストの中に『The Hibbert Lectures (The Native Religions of Mexico and Peru)』が挙げられていることから、ルイス=スペンスがレヴィユの著作に影響を受けたことは確実だといえます。で、これらの本を元に書かれた『メキシコの神話伝説』(初版1928)もまた「ショチケツァルはトラソルテオトルの別名」という説を踏襲していた訳です。
なお、レヴィユがなぜ「ショチケツァルはトラソルテオトルの別名」と考えたのかは判りません。当ブログの以前の記事「階段にブービートラップ」で書いたように、『トラスカラ史』のショチケツァルのエピソードに続いて名前が出てきた卑しさと貪欲さの女神ショチテカシワトルをショチケツァルと同じものと見なし、それからさらに不浄の女神トラソルテオトルをも同一視したためでしょうか? 別の記事「白身魚のフライ」で紹介したように、現在ではトラスカラ地方のショチテカトル遺跡にはトラソルテオトルを祀ったピラミッドがあると言われているので、ショチテカシワトル(「ショチテカトルの女・花の地の女」の意)とトラソルテオトルとの間には何らかの関連があるのかもしれません。ちなみに、ショチテカトル遺跡は先古典期中期・後期と古典期終末期のセンターとされています。
 
さてそれでは、ショチケツァルとトラソルテオトルとは単に混同されただけなのか? それは――次回に続く!

この記事にて拍手コメントに返信しております。いつも励みになっております。拍手・アンケートのみの方々もありがとうございます。
 
 
アステカ絵、ようやくペン入れができた……と思ったけどよく見たら描き漏らし発見。後で描き足しておこう……。
 
 
<拍手返信>
(さらに…)

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