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体育の日には家族でママチャリレースに参加してたんですが、日頃買い物でよく自転車に乗っているとはいえカーレース向けサーキットを走るのはちょっときつかったです。でも信号とか車とか気にせずに広い道を走れるのは楽しかった。
我々が参加したママチャリレースは大会全体の構成的には前座みたいなもので、メインはスポーツ仕様の自転車による耐久レースだったんですが、その頃には私はもっぱらピット裏で『Mockeries』を読んでました。
で、小っ恥ずかしい告白をせねばならんのですが……以前、『メキシコの歴史』ではテスカトリポカの失われた足は左足という話をしましたが、あれは私の誤読でありました。一旦忘れてください。『Mockeries』によればテスカトリポカの失われた足は左右どちらでもありうるそうです。ああもう恥ずかしい……! やっぱりちゃんとスペイン語の勉強しないと駄目ですね。
『Mockeries』によれば、『フェイェルヴァリー=メイヤー絵文書』ではショチピリが、『ボルジア絵文書』ではトラウィスカルパンテクトリがシパクトリに足を食われています。これらの神々はテスカトリポカと互換性があるんでしょうか? トラウィスカルパンテクトリはイツトラコリウキつながりでテスカトリポカと関係ありそうだけど、他にも何かあるんでしょうか。この辺もっとちゃんと読んでみないと。
しかしこのシパクトリとかトラルテクトリとかもややこしいなぁ……『メキシコの歴史』では最初からトラルテクトリという名で現れてるけど、『絵によるメキシコ人の歴史』では大魚(ワニ)シパクトリから大地を創りしかる後にトラルテクトリと呼ぶようになったんでしたっけ。
そうそう、今挙げた2冊の違いは他にもあって、『メキシコの歴史』ではケツァルコアトルとテスカトリポカが大地を創ったんですが、『絵によるメキシコ人の歴史』ではケツァルコアトルとウィツィロポチトリがやったことになってます。っていうかどうも、『絵によるメキシコ人の歴史』はウィツィロポチトリをテスカトリポカに取って代わらせようとしているような節があります。テスカトリポカの存在は当時の人々の間で大きなものだったから完全に無視はできなかったんだろうなとも思わせられましたが。だからテスカトリポカの活躍シーンも残しつつ、一方で例えば、黒のテスカトリポカはオメテオトルの4柱の息子のうちで最も強いとしながらも最も悪いとも言ってみたり、コアテペックでのウィツィロポチトリ誕生譚(2度生まれるとか全然アリでしょう神様なんだから)ではテスカトリポカによって創られた5人の女たちが苦行をしていた折、そのうちの一人コアトリクエが羽によって処女懐胎し、やはりテスカトリポカによって創られた400人の男たちに殺されそうになったところで完全武装して生まれたウィツィロポチトリが彼らを全滅させた、といった筋書きになってたりしたのかな、と。
……って、コアテペックでのウィツィロポチトリのエピソードって、そもそもはメシーカ人がウィツィロポチトリの神託で示された地テノチティトランにたどり着くまでの旅の途中、ウィツナワとコヨルシャウキという人間たちがもうここに住めばいいじゃないかと主張して神の怒りに触れ殺された、というものだったはず(このバージョンはドゥランの本とかに書かれてる)。で、その伝説に神話的要素が付け加えられていき形を変えたものが有名な『フィレンツェ絵文書』版の話、コアテペックにて天から降ってきた羽により身ごもったコアトリクエが彼女の娘コヨルシャウキと息子たちセンツォンウィツナワに殺されそうになったが完全武装して生まれたウィツィロポチトリが彼らを惨殺したというものですね。『絵によるメキシコ人の歴史』収録バージョンはこれをさらにアレンジしたものと思われます。しかし、コヨルシャウキの出番がなくなってるってどうなんでしょう?
ところで、『絵によるメキシコ人の歴史』では大いに持ち上げられているウィツィロポチトリですが、『太陽の伝説』ではケツァルコアトルの太陽を動かすために生け贄になって死ぬという役しか与えられてないのでした。『絵によるメキシコ人の歴史』ではケツァルコアトルもしっかり立ててるというのに、一方通行ぶりが切ないです。『絵によるメキシコ人の歴史』の中の人と『太陽の伝説』の中の人が出会ったら一体どうなるんでしょう?

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