Tasteless Blog

あー、えーと、そのー……すみません。なんか『テレリアーノ=レメンシス絵文書』に、トシとトラソルテオトルとショチケツァルとイツパパロトルとを同一視する記述がありました。なんで見落としてたんだよ約翰!
……ええとですね、オチパニストリについてのページに、禁断の木の実を食べて最初の罪を犯した女の祭りといった記述があり、前述の女神たちの名が挙げられてます。いずれも大地の豊穣に関わりのある女神ですが、聖書のイブになぞらえられてますね。また、第15トレセーナの守護神としてのイツパパロトルを描いたページによれば、彼女はかつてはオショモコと呼ばれていたが、罪を犯した後はイツパパロトルと呼ばれるようになったそうです。なお、イブに罪を犯すよう唆した悪魔とはテスカトリポカのこととされます。そういったキリスト教成分については我々はそのまま取り入れてはいけませんが、しかし興味深いことではあります。

他にも書きたいけれどまとまってない&時間がないので、今回はここまで。

岩崎賢氏の「ネモンテミとテスカトリポカ」に「レオン・ポルティーヤは(中略)テスカトラネスティア(tezcatlanextia:事物を出現させる鏡、の意)という語句が、「煙る鏡」テスカトリポカと一対をなすものであると主張する」とあるけど、岩崎氏が挙げている本(La Filosofia Nahuatl)とは別の本(Native Mesoamerican spirituality)ではポルティーヤは「ここでは至高の二重の神は「煙る鏡」テスカトリポカと関連付けられている。テスカトリポカはここでは「事物を出現させる鏡」テスカトラネシュティアとして現れている。テスカトリポカとテスカトラネシュティアとは二重の神の二つの面である」と書いてるんですよね。対は対なんだろうけど、テスカトリポカがテスカトラネシュティアたり得るというのはどういう感じなんだろう。テスカトリポカは「煙る鏡」だけど、トラトラウキ=テスカトリポカ「火のような赤、明るく輝く赤の煙る鏡」にもなるんですよね。その辺も何か関連してるんでしょうか? そういえば、『フィレンツェ絵文書・第6書』収録のテスカトリポカへの祈りの中で「哀れな者、平民、目の見えない者、盲目の者に光明をもたらしたまえ。彼に松明を、光を、輝きを示したまえ、彼がなすことすべてのために」といったくだりがあるんですが、ここで出てくるtlanextli(輝き)はtlanextia(~を明らかにする)と同様にtlanec(i)(夜明けの間・明るくなること)から来ている語らしいです。また、ナワトル語の修辞では「明かり・松明・鏡(tlahuilli, ocotl, tezcatl)」と言えば、「規範・判断の手掛かり」を表します。
テスカトリポカと言えば、闇とかカオスとかのイメージが強いし実際そういう要素を持っていますが、光とか秩序とかを表すものとしての彼についてももっと調べてみたいです。

昨日は『悪夢に夢を見るな』七周年でしたが、何もできず残念です。
せめてちょっとした絵でも……。

これはトラトラウキ=テスカトリポカ。「赤のテスカトリポカ」と訳されますが、トラトラウキとは詳しくいうと「火のような赤」「明るく輝く赤」といったニュアンスらしいです。
じゃあ黒のテスカトリポカ、ヤヤウキ=テスカトリポカのヤヤウキはどうなんだと思いましたが、これがなかなか見つからず。「黒」っていうか「暗い」というニュアンスもありそうな感じだけど……。
それはさて措きトラトラウキですが、『フィレンツェ絵文書・第7書』の第五の太陽創造話にてケツァルコアトル(またの名をエエカトル)・トテク(別名はアナワトル=イテクとか赤のテスカトリポカとか)そしてミミシュコアと呼ばれる無数の者たちや4人の女たちティアカパン・テイク・トラコイェワ・ショコヨトル(約翰注:彼女らは4姉妹として表されるトラソルテオトルのことと思われる)が新しい太陽が昇るときに東を向いていたとあるけど、トラトラウキの明るく輝く火のようなイメージはそのことに何か関係してるんでしょうか? そして、トテクとミシュコアトル(ミミシュコア)とはどういった関連性があるのか……『フィレンツェ絵文書』では赤のテスカトリポカはトテクとされてますが、『絵によるメキシコ人の歴史』ではカマシュトリとなってます。このカマシュトリはミシュコアトルの別名でもあります。で、『絵による』にはテスカトリポカがミシュコアトルと改名するエピソードも出てくるんですが、このテスカトリポカは黒の方っぽいんですよね。
そういえば、余談ですがふと思い出したので……トラトラウキ=テスカトリポカのトラトラウキとトラウィスカルパンテクトリのトラウィスカリ(暁の薄紅色の光)とは語源とか近そうですよね。そしてトラウィスカルパンテクトリと言えば、トナティウに矢を射掛けたが返り討ちにされたというのは、暁の明星が朝日によって見えなくなることを象徴的に表してるんでしょうか。
話を戻しますが、トラトラウキで明るく輝くといったイメージが出てきたので、そういえばなんか他にもなかったっけ、明るい鏡的なもの……と記憶を手繰っていたら、岩崎賢氏の「ネモンテミとテスカトリポカ」に「レオン・ポルティーヤは(中略)テスカトラネスティア(tezcatlanextia:事物を出現させる鏡、の意)という語句が、「煙る鏡」テスカトリポカと一対をなすものであると主張する」とあったことを思い出しました。しかしこのテスカトラネシュティア、ギレーム=オリヴィエの『Mockeries and Metamorphoses』では「テスカトリポカの名前の一つ」とされてるんですよね。私は『トルテカ‐チチメカ史』の全訳は持ってないので、この語句が実際にはどんなふうに使われているのかを確認できないのがもどかしいです。
毎度のことながら、何かひとつ分かったと思うのも束の間、たちまち新たな分からないことがいくつも出てきてもっとうわぁあああ~……っとなってしまうのが、面白いけど大変。いや、大変だけど面白いというべきでしょうか?

BLAM(BIZEN中南米美術館)のメルマガによれば、『吉村作治の古代七つの文明展』に出張中のペッカリーたちが一時里帰りするので11/20(日)からしばらくBLAMで展示されるそうです。
しかしペッカリー、いつのまにカキオコ(日生名物・牡蠣入りお好み焼き)の守護神なんかになってたんですか。紀元前に現エクアドル辺りに住んでいた人たちはお好み焼きなんか知らんでしょうに……でも、こういうノリはわりと好き。
ああ、またペッカリーたちに会いに行きたいなぁ、チャックモールもいるかな、そしてついでに旬のカキオコを食べるんだ。
それはそうと、ペッカリーたちはいないけど11/3(木・祝)午後1時からと3時から、4(金)午後3時から、BLAM館長による館内ガイドツアーが行われるとのこと。館長さんには一度ガイドしていただきましたが、今はその時とは展示が変わっているからまたお話が聞きたい……けれど、3~5日はいとこの結婚式のために東京に行くことになっているのでした。いや、日程がかぶったからって祝う気持ちが薄れたりなんてことはもちろんありませんよ。

Proudly powered by WordPress. Theme developed with WordPress Theme Generator.
Copyright © Tasteless Blog. All rights reserved.