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今回はレミーの絵を描きましたが、文章の方も「コクッパ親衛隊」の記事に「なぜレミーではなくイギーがパイン頭になったのか」についての推測なども書きたいとかあれこれ考えております。
しかし、ふと思ったんですが私の文章って長いとか硬いとかで読みにくいといった問題があったりするでしょうか?
内容が薄くなってしまったら本末転倒ですが、もっと読みやすくとっつきやすい構成を考えた方がいいかもしれません。
……13周年に間に合うといいなぁ。
絵の方でも描きたいもの描きかけのものがいろいろあって悩ましいところです。擬人化イギーの服ですが、どうも前の白衣の方が好評だったようなので、どうするか再考してみます。


 
ラヨシュはイギーをどうしたいんだって感じですが……擬人化ロイ&イギーのデザインをちょっと変えてみました。
「コクッパ親衛隊」の記事の加筆修正について考えているうち、この2人の解釈に少々変化がありまして。それが具体的にどんなことかは、記事の方で詳しく語ろうと思います。
「コクッパ親衛隊」は全体的に構成等見直したいので更新には時間が掛かりそうですが、『にじのまんなか』13周年に間に合えばいいなぁ……そういえば今年はルイージ30周年でコクッパ25周年でした。長らくルイージ描いてなくて心苦しいです。あまりゲームをプレイできてないとか自己流絵で描き続けるか原作寄りにした方がいいか悩んでるとか、そういった事情もありなかなか描けないんです。

第1弾はこちら
今回はトランのケツァルコアトル関連のネタで攻めてみました。
 
 

 ケツァルコアトルはトラロックとその子供たちと球技をした
これは『太陽の伝説』の中のトランの滅亡エピソードに基づいていますが、正確には「トランの王ウェマクが雨の神々トラロケと球技をした」です。勝利の賞品として翡翠とケツァルの羽根を要求したウェマクに対しトラロケは「我らの翡翠とケツァルの羽根」としてトウモロコシを贈ったが、ウェマクは拒否しました。そこでトラロケは翡翠とケツァルの羽根を贈りましたが、トウモロコシを隠してしまいました。そして「トルテカの民は4年の間苦しむことになるだろう」と言い、その言葉通りトルテカ人は4年間飢饉に苦しむことになったのでした。

 テスカトリポカはトウガラシ売りに化けてケツァルコアトルの娘を誘惑した
これは『フィレンツェ絵文書・第3書』の中のトランの神官王ケツァルコアトルと3人の妖術師のエピソードに基づいていますが、正確にはウェマクの娘です。先に挙げた例もですが、『マヤ・アステカの神話』の著者アイリーン=ニコルソンは「ウェマク=ケツァルコアトルの別名」として一律に置き換えているようです。確かに、アルバ=イシュトリルショチトルの『Sumaria Relación de Todas las Cosas que han sucedido en la Nueva España…(ヌエバ=エスパーニャで起こったすべてのことと(略)に関する概要報告 )』ではケツァルコアトルとウェマクは同一人物として書かれています。しかし、他の史料には違った記述もあります。このケツァルコアトルとウェマクの件に関しては後ほどもっと詳しく調べるつもりですが、それはまたの機会に。ここでは差し当たって、ケツァルコアトルとウェマクが別人である例として、『クアウティトラン年代記』ではトランのウェマクが2人組の妖術師ヤオトルとテスカトリポカの化けた女たちと同棲してしまったためにケツァルコアトルを辞めたことや、ドゥランの『ヌエバ=エスパーニャ誌』では2人組の妖術師ケツァルコアトルとテスカトリポカが娼婦ショチケツァルをトゥーラ(トラン)の王ウェイマク(ウェマク)の部屋に送り込んで陥れようとし、その結果ウェイマクはトゥーラを去ることにした、などを挙げておきます。っていうか、すべてのウェマクがケツァルコアトルの別名に過ぎないのだとしたら、ケツァルコアトルはでかい尻の女に固執したために命を落とす羽目にもなるんですが(『トルテカ=チチメカ史』より)、アイリーン=ニコルソンはその辺どう思っていたんでしょう?

 テスカトリポカが化けたトウガラシ売りの名前はトウエヨ
『メキシコの神話伝説』(そしてその参考となった『Myths of Mexico and Peru』)にはそうありますが、これは個人名ではなく「我らの隣人」という意味で「ワステカ人」を表す語です。サアグンは『フィレンツェ絵文書・第3書』スペイン語テキストに「un indio forastero, que se llama toueyo」と書いていたんですが、スペンスはこれを「an Indian of the name of Toueyo(Toveyo)」と英訳し、さらに松村氏はそれを「アメリカインディアンの(中略)トウエヨ(Toueyo――一説にはトヴェヨToveyo)と申す方」としたのでした。確かに、「un indio forastero, que se llama toueyo」は「トウエヨという名の余所者のインディアン」と訳せます。しかし、『フィレンツェ絵文書・第10書』に載っている諸民族の解説を読むと、ワステカ人(Cuexteca、単数形はCuextecatl。ちなみにこの名称は地名Cuextlanに由来)の別名はToueyomeで単数だとToueyoだということが判ります。なので、「un indio forastero, que se llama toueyo」はこの場合「a foreign Indian who was called Toueyo」「ワステカ人と呼ばれる余所者のインディオ」ぐらいの訳の方が適切ではないでしょうか。また、同書によれば、トウガラシ売りにはワステカ人がかなりいた模様。さらに、ワステカ人はマントはあってもふんどしは着けていなかったようで、これらの情報から推して、局部を露出したワステカ人のトウガラシ売りというのは別段特殊な存在ではなかったと思われます。
ところで、『メキシコの神話伝説』ではテスカトリポカは緑のトウガラシではなく緑の彩具を売っていたことになっていますが、これは『フィレンツェ絵文書・第3書』スペイン語テキストの「aji verde(緑のトウガラシ)」をスペンスが「green paint」と訳したものを参考に書いたからです。しかし、なぜスペンスがそのような訳をしたのかは判りません。
そういえば、ブリントンの『American Hero-Myths』には「Transforming himself into the likeness of one of those Indians of the Maya race, called Toveyome(1人のトウェヨメと呼ばれるマヤ民族のインディアンに変身し)」「Toveyome is the plural of toveyo, which Molina, in his dictionary, translates “foreigner, stranger.” Sahagun says that it was applied particularly to the Huastecs, a Maya tribe living in the province of Panuco.(トウェヨメとはトウェヨの複数形で、モリーナの辞書によれば、「外国人、余所者」と訳される。サアグンはそれは特にワステカ人、パヌコ地方に住むマヤ部族について用いられると言う)」と書かれていました。ブリントンはまた「aji verde」を「green peppers(緑のトウガラシ)」と訳してましたが、『メキシコの神話伝説』の参考文献には『American Hero-Myths』も挙げられているのに、松村氏はトウェヨ関連の箇所は見落としてたんでしょうか……?

 ケツァルコアトルはテスカトリポカが勧めた酒に酔い妹のケツァルペトラトルと近親相姦してしまった
この辺りは別々の史料から取った話を1つに合成していたり、翻訳や解説の過程でオリジナルにない要素が入ってきていたりするので、分解しなおしてみましょう。
まず、テスカトリポカがケツァルコアトルに酒を勧めたのは『フィレンツェ絵文書・第3書』ですが、こちらでは3人の妖術師ティトラカワン(テスカトリポカ)・ウィツィロポチトリ・トラカウェパンのうち、老人に化けたティトラカワンが病気のケツァルコアトルに薬と称して白いプルケを飲ませて酔わせますが、その後話題はティトラカワンがトウガラシ売りのワステカ人に化けてウェマクの娘を誘惑することに移り、ケツァルコアトルはしばらく出てきません。ケツァルペトラトルと何かしたということもありません。というかケツァルペトラトルは出てきません。
ケツァルペトラトルが登場するのは『クアウティトラン年代記』です。こちらでは、3人の妖術師はテスカトリポカ・イウィメカトル・トルテカトルとなっています。まず、テスカトリポカはケツァルコアトルを訪れて持参した鏡を見せます。それからテスカトリポカはイウィメカトルと相談し、羽根細工師コヨトリナワルをケツァルコアトルの元に行かせます。鏡に映る自分の醜い姿に衝撃を受け、臣民に見られることを恐れていたケツァルコアトルは、コヨトリナワルが作った仮面や装束と化粧によって美しく装った自分を鏡で見て満足します。それから、イウィメカトルはトルテカトルと共にプルケを醸してケツァルコアトルに勧めます。酔ったケツァルコアトルは姉のケツァルペトラトルも呼んで一緒に酒を飲み、彼らは沐浴や苦行をしようとしないまま夜明けを迎えました。
……という訳で、「ケツァルコアトルはテスカトリポカが勧めた酒に酔い妹のケツァルペトラトルと近親相姦してしまった」のうち、「ケツァルコアトルはテスカトリポカが勧めた酒に酔い」の部分は、『フィレンツェ絵文書』と『クアウティトラン年代記』の記述が混ぜ合わされたものであることが判りました。
では、「妹のケツァルペトラトル」はどうなのか。先に私は「姉のケツァルペトラトル」と書きましたが、それは『クアウティトラン年代記』のナワトル語テキストでは「hueltiuh」となっていたからです。ナワトル語では姉と妹を区別しますが、スペイン語や英語などではその区別はあまり重視されません。しかし、日本語は姉と妹を区別する言語です。なので、「ナワトル語のhueltiuhをスペイン語のhermanaや英語のsisterと訳したものを日本語訳する際、元のナワトル語テキストを参照しなかったために姉か妹か判らず、なんとなくイメージで妹と訳してしまった」という経緯があって日本では「妹のケツァルペトラトル」という設定が定着してしまったことが推測されます。他の例としては、「ドゥランの『ヌエバ=エスパーニャ誌』でもシワコアトルやマリナルショチトルはウィツィロポチトリのhermanaとしか書かれていないので、姉か妹かははっきりしないが、日本では妹とされることが多い」というのもあります(なお、先住民系クロニスタ・チマルパイン=クアウトレワニツィンが著したナワトル語テキストによれば、ウィツィロポチトリはマリナルショチトルのことを「我が姉 nohueltiuh」と呼んでいます)。
それでは、「近親相姦してしまった」というのはどこから出てきたのでしょうか。これは私の勝手な憶測ですが、「沐浴や苦行といった神官の義務を忘れてしまった……ということは、純潔の義務も放棄してしまったんじゃないか? 酔っ払っていい気分になった男と女が一緒にいて何も起こらないなんてことがあるか?」と想像をたくましくした結果なんじゃないかと……「何もしなかった」より「エロいことしてた」の方が話として盛り上がるし……。先に紹介した、ウェマクが女たちと同棲してしまったためにケツァルコアトルを辞めたエピソードなどからの類推もありそうですね。
ところで、テスカトリポカ以外のケツァルコアトルを陥れる計画に関わった妖術師等についても少し説明します。
『フィレンツェ絵文書』版の妖術師たちのうち、ウィツィロポチトリは言うまでもないメシーカ人の守護神ですが、トラカウェパンについてはあまり情報がなく詳しいことは判りません。彼の名は「木材の人」「人間の梁」といった意味で(「上に人の頭が乗った木の梁」の絵文字で書かれる)、アステカの貴族にもしばしば見られます。後にペドロと改名したモテクソマ2世の息子もまたこの名を持っていました。トラカウェパンはウィツィロポチトリのある面を表わすと考えられているようですが、テスカトリポカ・ウィツィロポチトリ・トラカウェパンの3人組はテスココ・テノチティトラン・トラコパンの三国同盟を象徴しているとする説もあるそうです。
『クアウティトラン年代記』版の妖術師たちのうち、トルテカトルはプルケの神センツォントトチティンの一員ですが、イウィメカトルについてはあまり情報がなく詳しいことは判りません。それから、ケツァルコアトルに装束等を作ったコヨトリナワルは『フィレンツェ絵文書・第9書』によれば羽根細工師の守護神の筆頭で(同書には羽根細工師の神々は1.コヨトリナワル2.ティサワ3.マクイルオセロトル4.マクイルトチトリ5.シウトラティ(年長の方の女神)6.シロ(年少の方の女神)7.テポステカトルの7柱とある)、黄金の歯と牙のコヨーテの頭と皮を着け、黒曜石の刃を付けた棍棒と青いボーダーの竹の楯を持ち、ケツァルの羽を入れた壷を背負い貝とガラガラを足に着けユッカ繊維のサンダルを履くコヨーテ戦士の姿をしています。

 テスカトリポカは蜘蛛に化けてケツァルコアトルに酒を勧めた
先の項目の続きのような話題ですが、『メキシコの神話伝説』収録の「蜘蛛の災い」には「あるときテズカトリポカは、自分の姿を蜘蛛に変えた。そして美しい糸を吐いて、その糸にすがりついて、空から大地に降りてきた。そしてクェツァルコアトルの館に這って行って、プルクェという酒を王に勧めた。王がその酒を飲んで見ると、何ともいえぬ程いい味がしたので、その後は毎日のようにこれを飲み続けていた。そうしているうちに、クェツァルコアトルの心が次第に荒んで来て、妃のクェツァルペトラトルのことなどすっかり忘れてしまって、淫らな女たちを愛するようになった」とあります。これはスペンスの『Myths of Mexico and Peru』に書かれていたことを基にしています。スペンスの本では「Tezcatlipoca, descending from the sky in the shape of a spider by way of a fine web, proffered him a draught of pulque, which so intoxicated him that the curse of lust descended upon him, and he forgot his chastity with Quetzalpetlatl.(蜘蛛の姿をとって美しい巣の道によって空から降りてきたテスカトリポカは、彼(ケツァルコアトル)に1杯のプルケを差し出した。それは彼が快楽の呪いにかかり、ケツァルペトラトルと共に純潔を忘れてしまうほどに彼を酔わせた)」となっていましたが、ケツァルペトラトルが何者かについては説明がなかったため、松村武雄氏は彼女はケツァルコアトルの妃であり、彼は純潔と妃とを共に忘れてしまったのであると解釈したようです。ところで、スペンスは『Myths of Mexico and Peru』の件の箇所をブリントンの『The Myths of the New World』の「Tezcatlipoca, otherwise called Yoalliehecatl, the wind or spirit of night, who had descended from heaven by a spider’s web and presented his rival with a draught pretended to confer immortality(テスカトリポカ、あるいはヨワリエエカトル、夜の風または魂と呼ばれる蜘蛛の巣によって空から降りてきた彼のライバルと不死をもたらすとして勧められた1杯の酒)」および『American Hero-Myths』の「As the fumes of the liquor still further disordered his reason, he called his attendants and bade them hasten to his sister Quetzalpetlatl, who dwelt on the Mountain Nonoalco, and bring her, that she too might taste the divine liquor.(中略)Soon they were so drunken that all reason was forgotten ; they said no prayers, they went not to the bath, and they sank asleep on the floor.(その酒の匂いがなおも彼(ケツァルコアトル)の理性を失わせていたため、彼は従者たちを呼び、ノノアルコの山に住んでいる彼の姉妹ケツァルペトラトルもこの聖なる酒を味わうだろうから、彼女のところへ急いで行き彼女をつれて来るよう命じた。(中略)すぐに彼らはとても酔っ払ってしまい、まったく理性をなくしてしまった。彼らは祈りを捧げることもなく、沐浴することもなく、床の上で眠りに落ちてしまった)」といった記述を参考にして書いたようなのですが、なぜsisterを省いてしまったんでしょうか? そして、ブリントンは『クアウティトラン年代記』の記録として紹介している『American Hero-Myths』の物語では蜘蛛の巣云々は書いていなかったのに(『クアウティトラン年代記』には書かれていないんだから当然ですが)、なぜ『The Myths of the New World』ではメンディエタの『インディアス教会史』から蜘蛛の巣を持ってきてくっつけてしまったんでしょうか? インパクトある登場の仕方だから? なお、『インディアス教会史・第2書』の第5章「テスカトリポカがどのように空から降りてきてケツァルコアトルを死へと追いやったか」では蜘蛛の巣でできたロープによって空から降りてきたテスカトリポカは、ケツァルコアトルと球技をして、それからジャガーに変身しケツァルコアトルを追い回しますが、酒を勧めたりはしていません。それにしても、『メキシコの神話伝説』の参考文献には『American Hero-Myths』も挙げられているのに、松村氏はケツァルペトラトル関連の箇所は見落としてたんでしょうか……?
 

 
 
……他にもいろいろありますが、今回はひとまずこの辺で。
この記事で取り上げた話題と関連する辺りだけでも「ケツァルコアトルとテスカトリポカとウェマク」「ケツァルコアトルと人身供犠」「ケツァルコアトルの帰還」「ケツァルコアトル白人説」などなど気になるネタが沢山ですが、それらは今後の課題といたします。でもたぶん第3弾はまた別の話題。

拍手・コメントありがとうございます。この記事にて返信します。

新しいPCにソフトやらドライバやらいろいろ入れていますが、スキャナが古すぎてWindows7対応のドライバが公式サイトにありませんでした。スキャナ自体には特に問題ないだけに悔しいです。

それはさておき、PCを新しくしたついでにCLIP STUDIO PAINTを導入しました。そして初めて描いてみた絵がこれです。

……やってみたくなりますよね?

それにしても、こういう軽めの絵ももっと描きたいんですよね。何日もかけて取り組む(私としては)凝った絵もいいんですが、気負いすぎてしまいがちでもあるので、ちょっとしたネタを気軽に描き出すことにも違った良さがあると思うんです。
昔の日記絵なんかそういう感じでしたね。もっとも、独身で実家住まいだった当時と今とではいろいろ違うから、あの頃のようには描けませんが。

 
 
<拍手返信>
(さらに…)

昨日新しいPCを購入しました。まだまだ色々設定し直さないといけませんが、とりあえずPCからネットに繋げるようにはなりました。
新PCは去年の夏モデルでOSがWindows7ですが、展示品処分価格でそこからさらに値引きしてもらえたので、結構お得だったと思います。
10年ほどXPを使い続けていたので7に慣れるには時間がかかるかもしれませんが、なるべく早く覚えたいです。
 

ネットに繋いでないノートPCで「有名だからといって信頼できるとは限らないアステカ神話のあれこれ」第2弾をちまちま書き進めてました。近いうち公開できればと思います。

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