Tasteless Blog

鼻の頭から出血

9月 23rd, 2014

ツイッターにてWikipediaのミキストリの項の記事の元になったものがよく判らないという話が出たので、調べてみました。

Wikipediaには
「ミキストリ(Mextli, Miquiztli)は、アステカ神話に伝わる死神。戦争と嵐をもたらす神で、武装した戦士の姿で誕生したといわれる。古代アステカでは、毎年何百もの生け贄がこの神に捧げられた。
テクシステカトルと同一視される。また、メキシコの語源とされる。
参考文献 『悪魔事典』 新紀元社、2000年、374頁。」

と書かれています。では、これから詳しく見ていきましょう。

まず、ミキストリのアルファベット表記とされているMextli及びMiquiztliについて。
Wikipediaのミキストリの項の他言語版で英語版をクリックするとMetztliの項に飛びます。どうやら、英語版WikipediaではMextliで検索するとMetztliの項にリダイレクトされることやMiquiztliの項目がないということから、Metztliの項にリンクさせたようです。そして、Metztliの項には
「アステカ神話において、メツトリMetztli(Meztli、Metziとも)は月や夜や農業従事者の男神ないし女神であった。彼/彼女は恐らくヨワルティセトル(訳注:ヨワルティセトルYohualticetlはヨワルティシトルYohualticitlの誤記だろう。詳しくはこちらの記事を参照)やコヨルシャウキ、そして月の男神テクシステカトルと同じ神であった。後に見るように、彼/彼女はその炎が恐ろしい故に太陽を恐れた。そしてまた、太陽となるための自己犠牲に失敗した卑しい寄生虫病の神が月となったがその代わりにウサギによって彼の顔は暗くなったとも言われた」
と書かれています。
ヨワルティシトルは実際の神話において月の女神だと明言されたことは恐らくないとかナナワツィンとテクシステカトルがごっちゃになってるとか、ツッコミ所はあるもののアステカ神話における月の神の説明だということはわかります。
Miquiztliの方は死を意味するナワトル語です。

しかし、英語版のMetztliの解説と日本語版のミキストリの解説にはテクシステカトル以外には共通する要素が見受けられません。
それでは少し話を戻し、なぜミキストリのスペルとしてMextliとMiquiztliの2つが挙げられているのかということについて考えてみましょう。
ナワトル語のアルファベット表記においてはxはshで発音されますが、予備知識がなければそう読むことはなかなか思いつかないでしょう。
参考文献の該当箇所には、
「Mextli ミキストリ 死を司り、戦争と嵐をもたらす者。月を象徴する」
とありました。WikipediaのMextli表記もこれが由来のようです。しかし、どうしてMextliがミキストリなのでしょうか? 想像ですが、『悪魔事典』の著者がナワトル語のxの読み方を知らなかったとしたら、xをshではなくksと読んでメクストリはミキストリに似ている、これがミキストリの綴りだろうと思ったのではないかと。そして、日本語版Wikipediaの記事を書いた人もMextliはきっとMiquiztliの異綴りだろうと考えてしまった……ということがあり得ます。
そして、どの文献かまでは特定できませんでしたが、Mextliを完全武装で生まれた戦争と嵐を司る神で毎年何百人ものの人間が生贄として彼に捧げられたとしている本があったようです。Wikipediaではありませんが海外のサイト『Encyclopedia Mythica』に、日本語版Wikipediaのミキストリの項と同じような記述がありました。
「Mextli メシカ人の主神(彼らの国名の元となった)で、より一般的にはウィツィロポチトリと呼ばれた。何百人もの人間が毎年生贄として彼に捧げられた。メシトリ(原文Mexitli)は戦争と嵐の神で、完全武装で生まれた」
日本語版Wikipediaのミキストリの記事を書いた人も、恐らく私と同じようにウェブ検索して『Encyclopedia Mythica』のMextliの項に辿り着いたのでしょう。

けれども、また1つ疑問が生じます。『Encyclopedia Mythica』にも書かれているように、Mextli(本来はMexitli)はウィツィロポチトリの別名とされるものです。なぜ『悪魔事典』や日本語版Wikipediaではテクシステカトルのことになっているのでしょうか?
そのヒントは、アイリーン=ニコルソンの『マヤ・アステカの神話』にありました。172ページ、「VII 第五の太陽」の章に
「テクシステカトル(死の日を表わす神、前にミキストリとして出てきている。のちに月の神として認知された神)」
と書かれていたのですが、実はこれは日本語訳に問題があるのです。該当箇所は英語の原著『Mexican and Central American Mythology』では
「A god Tecciztecatl (whom we may remember as the deity of the death’s head day, Miquiztli, and who later became acknowledged as the moon god)」
となっていました。「the death’s head day」とは髑髏の絵文字によって表される日で、そのナワトル語の名称がミキストリです。つまり、「the deity of the death’s head day, Miquiztli」とは「死の日ミキストリの神」ということですが、邦訳ではミキストリは日ではなく神の名前になってしまっているのです。確かに原文も紛らわしい感じではあるものの、ミキストリの名称が前に出てきた箇所(116ページ、「III 暦」の章)ではミキストリは日の名でテクシステカトルはその守護神だとされているので、併せて読めば文意は酌めるはずです。
なお、日本語版Wikipediaのミキストリの記事に添えられた絵はミキストリの日を表す絵文字であって、神ミキストリの肖像という訳ではありません。そもそもミキストリなる神はいないので、絵文書から探そうとしても見つからないのです。
そんな訳でミキストリとはテクシステカトルの別名ではないのですが、『悪魔事典』の著者はそうは思わなかったようです。しかも「死の日を表す神→死を司る神」と解釈が飛躍したらしいです。そして、何かは不明ですが海外の文献で見つけたMextliをミキストリのことだと判断し、『マヤ・アステカの神話』の記述と混ぜて『悪魔事典』の記事を書いたのでしょう。
そして、『悪魔事典』を読んだある人が日本語版Wikipediaにミキストリの項目を作りました。その際、彼/彼女は『マヤ・アステカの神話』や『Encyclopedia Mythica』の情報も参照したようですが、『Encyclopedia Mythica』ではMextliはより一般的にはウィツィロポチトリと呼ばれたと書かれているのをテクシステカトルにしたのは、『マヤ・アステカの神話』の「VII 第五の太陽」の章にあったテクシステカトルが太陽になり損ねた神話を踏まえた結果のようです。Mextliがミキストリで月を象徴するのなら、太陽神といわれるウィツィロポチトリがMextliというのは何かの間違いだろうと判断したのではないでしょうか。英語版WikipediaではMextliで検索するとMetztliの項にリダイレクトされるし。

長くなってしまいましたが、まとめると
 
・『マヤ・アステカの神話』の訳者が「テクシステカトル(前に死の日ミキストリの神として出てきている)」とするべきところを「テクシステカトル(死の日を表わす神、前にミキストリとして出てきている)」と訳す
 ↓
・『悪魔事典』の著者がアステカにはミキストリという死の神がいると思い込む
 ↓
・『悪魔事典』の著者が海外の文献(現時点では未特定)に書かれたMextliとはミキストリのことだと思い込む
 ↓
・『悪魔事典』のミキストリの項目を書く
 ↓
・ある人が『悪魔事典』をベースに、『マヤ・アステカの神話』や『Encyclopedia Mythica』なども参考にしつつ日本語版Wikipediaのミキストリの項目を書く
 
といった流れを推測したということです。

……訳が怪しいとか勘弁して、っていうかなんで私がツッコミ入れてるんだよ英語苦手なのに……。
そして『悪魔事典』、あれ他の項目も見たけど悪魔名のアルファベット表記がちょくちょく空欄になってるのな。そんな状態見たら「この本はヤバい」って思わねぇ? ちゃんと調べてるようには見えねぇよ。きっちり作っても手抜きでも売れ行きに大差ないのかもしれんけど、そんないい加減なものを信じてしまった人たちが気の毒だよ。

塩だれが大人気

9月 10th, 2014


 編集長殿
 警察が俺を捕まえたという話をずっと聞かされているが、当の俺自身がこうして平穏無事でいるのは、どうしたわけなんだい。犯人の逮捕は時間の問題なんだって? 奴等の賢さには、全く笑ってしまう。”皮エプロン”の冗談には、もうちょいで笑い死にするところだったよ。
 俺は売女どもに恨みがあるんだ。逮捕されるまで、奴らを切り裂くのを止めないぞ。対した芸術品だっただろう、この間の仕事は。御婦人に、一声の悲鳴もあげさせなかった。
 警察のボンクラどもが、どうやって俺を捕まえるのか。俺は、楽しんで作業をさせてもらっている。好きなんだね、根っから。またやるつもりだ。諸君ももうすぐ、俺のしでかすささやかなお遊びのことを耳にするだろう。
 俺は前の仕事の時に、こういう手紙にピッタリの例の赤い液体をジンジャー・ビールの瓶に保存しておいたのだが、時間が経ったら糊みたいに固まっちまって、もう使えやしない。だから赤インクで間に合わせている。様になっているといいんだが、へっ! へっ!
 次の仕事では、御婦人の耳を削いで、警察に送ってあげるつもりだ。なあに、つまらない冗談さ。この手紙は、それまで取っておくがいい。俺の仕事がすんだら、公けにするんだ。俺のナイフは、立派で切れ味もいい。チャンスさえあれば、きっちりとし遂げてみせる。
 じゃあ、よろしく。
                   敬具
          ジャック・ザ・リッパー
 もう俺の呼び名のことで、気を遣わないでくれ。この手紙を出すのは、今ペンに付いている赤インクを使い切ってからにしよう。ちくしょう。ついてねえ。俺が医者なんだって? へっ! へっ!

 (スティーブ=ジョーンズ著・友成純一訳『恐怖の都・ロンドン』より)
 
 


 やあ、ボス
警察はおれを捕まえたようなことをぬかしているが、まだ皆目分かっちゃいねえ。したり顔して目星はついたなんぞはお笑い草さ。レザー・エプロンが犯人だなんてのは悪い冗談だ。おれは売春婦が大嫌いで、お縄になるまで切り裂くつもりさ。この前の殺しは大仕事だった。レディにゃ金切り声ひとつあげさせなかったからな。捕まえられるものならやってみな。おれはこの仕事に惚れこんでいるんだ。またやるぜ。おれの面白い遊びを耳にするのもじきのことさ。この前の仕事について書こうと、赤い血をジンジャー・ビールの瓶にとっておいたんだが、膠みたいにねばねばして使いものにならない。赤インクも乙なもんだろう、ハッハッハ。お次はレディの耳を切り取って、警察の旦那方のお楽しみに送るからな。この手紙をとっておいて、おれが次の仕事をしたら、世間に知らせてくれ。おれのナイフは切れ味抜群でね、チャンスがあればすぐにでも取りかかりたいよ。じゃあな。
          あんたの親愛なる切り裂きジャック
これがおれのあだ名さ。
 赤インクの乾かないうちに、この手紙をポストに投げ込んだのは悪いことしたな。残念ながらまだ捕まらんよ。このおれが医者だとはな。ハッハッハ。

 (仁賀克雄著『切り裂きジャック 闇に消えた殺人鬼の新事実』より)
 


 ボスさんへ
 警察はおれを捕まえたそうだけど、おれをやっつけようなんて10年早いってもんだ。えらそうな顔をして捜査は順調だとはよく言った、笑ったよ。レザー・エプロン云々にはもう爆笑。こっちは売女に恨みがあってね、恨みを晴らすまで切り裂きをやめるわけにはいかないんだ。このあいだの仕事はみごとだったろ? 悲鳴ひとつあげさせなかったんだから。さて、どうやっておれを捕まえるのかな? この仕事が気に入ってんだ、またやりたいよ。じきに、おれがまた楽しんだってニュースを聞かせてやるよ。インク代わりになるかと思って、このあいだ、真っ赤なところをもらってきたんだ。ジンジャー・ビールの瓶に入れておいたら、どろっとしちまって、使いものになりゃしない。赤インクでかんべんしてくれ、ハ、ハ、ハ。次の仕事のときには、ご婦人がたの耳を切って、警察のおえらがたに送ってやるよ、たのしみだろ? この手紙はしまっておいて、おれがもうひと仕事したあとで、でーんと発表するんだな。ナイフはぴかぴか、すぐにでもやりたいよ、チャンスがあればな。じゃあな。
          切り裂きジャックより(ペンネームでかまわないよな)
 両手の赤インクをろくに拭いもしないで、投函しようなんておれもドジだ。ちくしょうめ。まだまだだな。今度はおれが医者だって? ハ、ハ、ハ。

 (スティーブン=ナイト著・太田龍訳『切り裂きジャック最終結論』より)
 


親愛なる警察サ ツ旦那ボ ス
 警察が俺を捕まえたという噂を何度も聞いたが、今になっても俺のことがわからないんだな。警察のやつらがしたり顔に、操作が軌道にのってるなんていうのを聞いて、俺は笑っちまったよ。皮エプロンヽ ヽ ヽ ヽ ヽなどという冗談には吹きだしたぜ。俺は売女どもに恨みがあるのだ。パクられるまでは止めはしないからな。この前は大仕事だったぜ。女に悲鳴をあげる間も与えなかった。俺を捕まえられるわけがねえだろ。俺は好きでやってるんだ。またやる気でいるぜ。近いうちに俺の一風変わったお遊びをお目にかけるとしよう。こないだのことを書きつけるのに、おあつらえむきの赤いやつをジンジャー・エールの瓶に入れて用意してはいたんだが、にかわみたいにねばついて使いものにならないのだ。赤インキでも悪くはなかろう。ハッハッハ。この次は女の耳を切りとって、お楽しみにそちらへ送ってやるからな。この手紙は保管しておいて、俺がもうちっと仕事をしてから公表しろ。俺のナイフは切れ味がよい。チャンスさえあればすぐにも仕事にとりかかりたいものだ。それではこれにて。敬具
          切裂きジャック
追伸 俺のとっておきの名前を使ったぜ。赤インキのついた手を洗わないまんまで投函して悪かったな。俺が医者だなどというのは迷惑だぜ、ハッハッハ。

 (ドナルド=ランベロー著・宮祐二訳『十人の切裂きジャック』より)
 


 当局の旦那方へ
 俺様がこのところずうっと噂に聞いていることには、警察はすでに俺様を捕まえたとかぬかしよる。だが、俺様の目星すらまだついていないではないか。噴飯物だな、連中が小利口顔し た り がおしてこの俺様を捕まえるのも時間の問題だとかほざくのを聞くと。革エプロンの奴が真犯人 ほんぼし だとか、冗談も休みやすみ言ってくれ。
 俺様は売春婦どもに恨みがあるのさ。だから奴らを切り裂くのは断じて止めん。この身朽ちるまでな。実に見事なもんだったろう、せんだっての俺様のお手並みは。御売春婦お ね え さんには金切り声ひとつあげさせなかったからなぁ。こんな立派な惨殺こ ろしの腕前の俺様を、一体全体どうやってポリ公たちは捕まえるのかねぇ。俺様はねぇ、あの切り裂きの成果に御満悦なのさ。また殺りてえよ。間もなく諸君は、俺様の消息と、同時に俺様の道楽のささやかながら新趣向あ ら ての妙手を耳にすることだろうよ。
 せんだっての切り裂きお楽しみ最中に、俺様は売春婦 や  つ の赤い血をジンジャービールの瓶に溜めこんだ。ほかでもない血のインクで諸君にお手紙を書こうと思いましてな。ところが、そいつはニカワみたいにくっつきやがって、とてもつかいもんにならんわ。諸君に出す手紙は、赤インクで書くのがふさわしいよ。ハハハァ!
 次なる俺様の切り裂きには、必ず御売春婦お ね え さんの両耳をちょん切って、ポリさんたちに必ず送ってやろう。それというのも、ほかでもない、そいつを送れば、皆さんは忙しく”はしゃぎ”まわるんじゃござんせんか。
 この手紙は、次なる俺様のちょいとした切り裂きをするまで、公表しないで伏せておき給え。なぁに、俺様が切り裂きを終えたら、すぐに公開し給え。すぐにとりかかるってことよ。格好の売春婦あ い てを見つけ次第な。何しろ俺様のナイフときたひにゃ、切れ味がいいもんでなぁ。じゃ、諸君の御多幸を祈るぜ。
          切り裂きジャックより
 気にしないでくれよ、俺様があだ名をつかったことを。他意はないよ。それにしても不本意なことは、赤い血のインクで書き送れないうちに、この手紙を投函するなんて。全くこの俺様としたことが、ドジなこの両手を呪うよ。
 ついてなかったよ、だがな、今じゃ世間で噂してるじゃないか、俺様が医者だって、ハハハァ。医者ならできるさ、血のインクも。

 (益子政史著『ロンドン悪の系譜 スコットランド・ヤード』より)
 

 
ここしばらく翻訳について悩んでいたので、切り裂きジャック研究書を本棚から引っ張り出し、犯人が書いたと称する手紙の和訳を読み比べておりました。そしてそれらのうちのいくつかをここに引用しました。
ちなみに、英語の原文は以下の通りです。
 


Dear Boss,
I keep on hearing the police have caught me but they wont fix me just yet. I have laughed when they look so clever and talk about being on the right track. That joke about Leather Apron gave me real fits. I am down on whores and I shant quit ripping them till I do get buckled. Grand work the last job was. I gave the lady no time to squeal. How can they catch me now. I love my work and want to start again. You will soon hear of me with my funny little games. I saved some of the proper red stuff in a ginger beer bottle over the last job to write with but it went thick like glue and I cant use it. Red ink is fit enough I hope ha. ha. The next job I do I shall clip the ladys ears off and send to the police officers just for jolly wouldn’t you. Keep this letter back till I do a bit more work, then give it out straight. My knife’s so nice and sharp I want to get to work right away if I get a chance. Good Luck.
 
Yours truly
Jack the Ripper
 
Dont mind me giving the trade name
 
PS Wasnt good enough to post this before I got all the red ink off my hands curse it No luck yet. They say I’m a doctor now. ha ha

 

結局悩みは解決していませんが、久し振りにジャック本を読むのは楽しかったです。殺人事件を面白がるとか不謹慎だとは思いますが、「事実は小説より奇なり」を地で行くような展開とか当時の時代背景とか、やっぱり興味深いんですよ。サイトの方は長らく放置かましているとはいえ、二十年来切り裂きジャックは私にとって重要なものです。
ルイージが不遇だとかコクッパの出番がないとかいったことにうんざりしてマリオシリーズから距離を置いていた私がその頃ハマっていた格闘ゲーム、ワーヒーことワールドヒーローズシリーズの(当時の)最新作『ワールドヒーローズ2JET』の新キャラとして切り裂きジャックが登場していたことから興味を覚え、さらに書店で偶然手に取った『恐怖の都・ロンドン』に書かれていた史実の切り裂きジャック事件があまりにも印象的だったため、事件に関する本をもっと探したり自分なりに小説化してみたりするなど、それはそれは入れ込んでいたものです。その後もも切り裂きジャックツアーに参加するべくロンドンに飛ぶなど興味は持続しています、っていうかまた行きたい。いろいろ心残りがあるから……。
 


十年前に撮影したパブ・テンベルズ。切り裂きジャックの犠牲者も利用していたという噂の店で、一時期ジャック=ザ=リッパーという店名だったこともあります。旧店名に戻った後も壁に犠牲者リストが掲げられていたり切り裂きジャックグッズがお土産に売られていたりしたそうですが、私が訪れたときにはすでに切り裂きジャック関連物は撤去されてしまっていました。事前に本で読んで楽しみにしていたので残念でした。それでもやっぱりもう一度行きたい、今度はもう少しゆっくりしたい。
 

……と、タイムリーなことに、切り裂きジャックの4人目の被害者とされるキャサリン=エドウズの現場に残されていたというショールから採取したDNAが、それぞれキャサリンとジャックの容疑者の血縁者の子孫のものと一致したというニュースがありました。
英語記事
↑の日本語訳(若干簡略化)
切り裂きジャックの容疑者とされた人物は百名以上に上るそうですが、今回の調査によれば切り裂きジャックとはユダヤ系ポーランド人の理髪師アーロン=コスミンスキなる男だということです。
コスミンスキの名は犯罪捜査部長を務めたロバート=アンダーソンやメルヴィル=マクノートンが容疑者の一人として示唆していました。マクノートンの手記『マクノートン=メモランダ』に曰く、「第2容疑者コスミンスキ。殺人が行われた地域の中心部に住んでいたユダヤ系ポーランド人。長年孤独な悪徳に耽溺したため狂気に陥った(訳注:「孤独な悪徳」とはマスターベーションの婉曲表現。当時マスターベーションは狂気をもたらすとされた)。女性に対する非常な憎悪と強い殺人性向を持っていた。1889年3月頃に精神病院に収容された(そして今もそこにいると私は信じている)。この男はマイター=スクエア(訳注:キャサリン=エドウズの死体発見現場)近くでシティ警察のパトロール巡査に目撃された人物によく似ていた」とあります。巡査に目撃された人物とはコスミンスキその人で、切り裂きジャックだったのでしょうか? もっとも、マクノートンは彼が手記において第1容疑者として名指したM.J.ドルイットを本星と見ていました。
また、彼の精神異常証明に際しては「通りを徘徊し、溝からパンくずを拾って食べ、水道の蛇口から水を飲み、他人の世話になることを拒絶した。ナイフを持ち彼の妹の生命を脅かした。非常に不潔で入浴を拒否している。長年いかなる職にも就こうとしていない」と記録されています。理髪師だったという話と食い違うようですが、理髪師だったというのが本当ならどんな働きぶりだったのか。狂気が激しくなるにつれ仕事もできなくなっていったのか。
 

今回のニュースについて私は、件のショールとそこから採取されたDNAは有力な手がかりではあるでしょうが決定的証拠とするにはいささか弱いかと思います。ショールにキャサリン=エドウズの血液とアーロン=コスミンスキの精液が検出されたからといって、他の事件にもコスミンスキが関与していたかどうかは判りません。切り裂きジャックの被害者は5人だというのが現在の定説ではありますが、本当にそうだったと証明されている訳ではありません。コスミンスキは模倣犯だったかもしれないのです。またコスミンスキの精液とされるものが事件のまさにそのときに付着したということまでは断言できないだろうし、ショールがこれまであまり言及されていなかったことも気になります。
しかし、以前から切り裂きジャックの正体は名士やセレブの類ではなく、市井の目立たないが異常性を秘めた男であったろうと考えていたので、コスミンスキが切り裂きジャックというのはあり得ることではあるとも思います。当時から怪しまれていた人物が結局真犯人だったというのは、正直ガッカリというか拍子抜けというかなところでもありますが。
 

ところで、これで切り裂きジャックをネタにした作品が作りづらくなったという声もちらほら上がっていますが、私としては、フィクションにおける切り裂きジャックはこれまで通りの扱いでかまわないと思います。コスミンスキを切り裂きジャックとした作品を作るのもいいし、別の正体を用意してもいいんじゃないでしょうか。
人々の想像力が生み出し、百年以上の歳月をかけて育て上げた「切り裂きジャック」は、もはや実際の事件には収まりきらない存在になっているのだから。
 

そもそも、この事件を21世紀の今なお話題となるほどのものにした切り裂きジャックという名前。それはこの記事の冒頭に引いた手紙が新聞に掲載されたことによって一躍有名になった訳ですが、手紙の主は実際には犯人自身ではなかったかもしれません。巷で話題の事件に便乗した悪戯だとする見方も強いのです。警察や世間を嘲るようなメッセージを発する自己顕示欲が強い連続殺人者もいますが、1888年のロンドンで売春婦殺しに励んでいた人物もそうだったかは定かではありません。
それにしても、「Jack the Ripper」。なんて印象的でキャッチーな名前でしょう。命名者が犯人自身であれ他の誰かであれ、実に相応しい名を思いついたものだと思います。切り裂きジャックという日本語訳もまた上手いですね。この事件が日本で初めて紹介されたのは牧逸馬の「女肉を料理する男」だそうですが、その中では「斬裂人リッパアのジャック」「斬り裂くジャック」と呼ばれています。「切り裂きジャック」という形に落ち着いたのは一体いつ頃なんでしょうか?
 

ここからは余談……さっそく「誰かアーロン=コスミンスキのコスプレやってみませんか」とか言ってる人がいましたが、実践したとして「あ、あれはアーロン=コスミンスキ!」と判る人がどれだけいるんでしょうか? もしも私がコスプレするならコスミンスキもいいけど、シルクハットをかぶりインバネスをまとい、ナイフを手にした紳士――という、ステレオタイプな「切り裂きジャック(イメージ)」をやってみたいですね。ベタベタなのがいいんです。
余談その2。コクッパと関係ないところで「ルドウィッグ」表記を見かけると一瞬ドキリとしますね。いや、『十人の切裂きジャック』の「容疑者たち」の章の「ペダチェンコ医師」の項に”ルドウィッグ・ザコウスキー”なる名前が出てきて……。そして切り裂きジャック事件とルドウィッグといえば、一時犯人かと疑われたドイツ人理髪師チャールズ=ルドウィッグという人もいました。彼が拘留されている間に、一晩のうちにエリザベス=ストライドとキャサリン=エドウズの2人が殺された二重殺人事件が起こったため、彼は犯人ではないとされたのですが、ところで彼の家主はヨハネスという人だそうなのでラヨシュ=ヤンチとしてはなんだか妙な気分です。
 

「アステカ神話豆知識」でも紹介していたり、先日ツイッターで話題に上ったりしている本『世界の民話12 アメリカ大陸II』。これは読み物としての面白さよりも原典への忠実さを優先した作りで、神話に関する知識を深めたい読者にはお勧めです。しかし、肝心の出典が明示されていないのが残念なところ。という訳で、この記事では『世界の民話12 アメリカ大陸II』所収のアステカ神話の元になった史料を私の判る範囲で挙げていきます。また、カナ表記が一般的ではないものがあるので、それらについても判りにくいものは注記してみます。
 

 「天を立てる」
『絵によるメキシコ人の歴史』より。イツマリンはイツマリ、テネクスショチトルはテネショチトルのようです。ミクスコアトルはミシュコアトル。

 「人間と食用植物の起源」
a 『太陽の伝説』より。
b,c,d 『メキシコの歴史』より。

 「三つの死者の国」
a,b 『フィレンツェ絵文書』より。
c 『インディアス教会史』より。

 「ケツァルコアトルの若き日の物語」
a 『クアウティトラン年代記』より。
b 『太陽の伝説』より。ユイツナワクはウィツナワク。
c 『メキシコの歴史』より。カマクストリはカマシュトリ。

 「アステカ族の流浪伝説」
「メキシコ人がどのようにして~彼らは矢の雨を浴びた……」までは、恐らく『巡礼絵巻(ボトゥリーニ絵文書)』に基づく記述と思われます。ただし、『巡礼絵巻』自体は絵と絵文字のみで描かれており、アルファベットのテキストはメモのようなものが付されているだけです。なお、コルワカンの王コクスコクストリはコシュコシュトリの方がよいでしょう。
「アクソロワとクワウコアトル~「一の火打石」と呼ばれた」の辺りの元になった史料は調査中です。アショロワ(アクソロワ)とクアウコアトルの探索行やトラロックがウィツィロポチトリを我が愛しい息子と呼んだりするのはトルケマダの『インディアスの王朝』、メシカ人のショミミテクトリ(ソミミトル)がクルワカン(コルワカン)のチチクアウトリを生贄にするのは『絵によるメキシコ人の歴史』に書かれていますが、『世界の民話12 アメリカ大陸II』と同様の記述がある史料はまだ見つけられていません。
b,cの元資料は調査中です。

 
 「どうやってタラスカ人を置きざりにしたか」
 「ユイツィロポチトリがアステカ族に未来の首都の幻影を見せる」
 「コピルのいけにえ」
これらはいずれもドゥランの『ヌエバ=エスパーニャ誌』から採られています。
 

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