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ふと思い立って積読の本の山から久し振りにスーザン=ギレスピーの『The Aztec Kings』を手に取り、パッと開いたページをザッと読んでみたんですが、やべぇえええええ面白ぇえええええ!
……あー、『絵によるメキシコ人の歴史』設定の「赤のテスカトリポカ(長男)=カマシュトリ/ミシュコアトル・黒のテスカトリポカ(次男)=「テスカトリポカ」・白のテスカトリポカ(三男)=ケツァルコアトル・青のテスカトリポカ(四男)=ウィツィロポチトリ」という序列および各色のテスカトリポカと同一視された神をトピルツィン=ケツァルコアトルを基準にして見てみるという発想はなかったけれど、言われてみればなるほどと思ったりウィツィロポチトリが生まれてから600年ほどの間は骨だけで肉も皮もなかったというのもそういうことだろうかと思ったりじゃあトピルツィン=ケツァルコアトル云々を抜きにした4色テスカトリポカのそもそもの意味するところはなんだったんだろう(ウィツィロポチトリはお呼びでない『ボルジア絵文書』とかにも4色のテスカトリポカはいるんで)と思ったりその中でも本体とされる黒のテスカトリポカはさておきそれに次いでよく見かけるのが赤のテスカトリポカなのは何故だろうと思ったり。いやぁテンション上がるわ。あ、トピルツィン=ケツァルコアトルを基準に見るとどうなるのかというと、「カマシュトリ/ミシュコアトル=ケツァルコアトルの父・「テスカトリポカ」=ケツァルコアトルの同時代の敵対者・ウィツィロポチトリ=(トルテカの)次の時代に属するもの」ということになるらしいです。そういえば『絵による』はケツァルコアトルとウィツィロポチトリが協働して神々を創造したりしてるし、メキシコ中央高原にやってきたメシーカ人が自分たちの守護神のウィツィロポチトリをかつてこの地に栄えたトルテカの神聖な指導者ケツァルコアトルに並ぶ存在にしたかったという意図が感じられる文書だなぁと改めて感じました。
それから、「ウェマク」についてももっと知りたくなりました。いやぁ今回もちょっとしか読んでないんでアレなんですけど、とりあえず「ウェマク=ケツァルコアトルの別名」と単純に言い切れるものじゃなさそうだということは判りました。以前にも『Historia de Tlaxcala』には「テスカトリポカ=ウェマク」の名があったというようなことを書きましたが、『The Aztec Kings』によればウェマクはトピルツィン=ケツァルコアトルの第三の同等者ということのようです。ドゥランの『ヌエバ=エスパーニャ誌』所収の「ウェマクは妖術師テスカトリポカとケツァルコアトルの残酷な計略によってトランを去るよう強いられた」というエピソードを思い出した(ギレスピーの件の本でも触れられてますが)けれど、「ウェマクはトピルツィン=ケツァルコアトルの第三の同等者」という考え方、トピルツィン=ケツァルコアトル・テスカトリポカ・ウェマクの三者はそれぞれ同等であり対立するもの・対比されるものであるという考え方はなるほどありだなぁ……と思いましたが、いかがでしょう?
ああそうそう、『フィレンツェ絵文書・第3書』バージョンのケツァルコアトルがトゥーラ(トラン)を去る話に出てくる三人の妖術師の名はそれぞれテスカトリポカ・ウィツィロポチトリ・トラカウェパンですが、トラカウェパンとはウィツィロポチトリの別名でありまたモテクソマ2世の息子の名でもあるということもこの本に書かれていて、またいろいろ考えてしまいます。楽しいです。
あ、『メキシコの歴史』バージョンのトピルツィン=ケツァルコアトルがトランを去らねばならなくなった理由は、彼が雨をコントロールするのに用いていたとトルテカ人が信じていた鏡をテスカトリポカに盗まれたからってことになってるのか、この理由ってバージョン違いはどれだけあるんだろう? この本によれば『Relación de la Genealogía』や『Origen de los Mexicanos』ではテスカトリポカとウィツィロポチトリが要求する人身供儀を拒絶したためとなっているそうですが、少なくともウィツィロポチトリが出てくる辺りは後付けですよね(ちなみにこれら2つの文書はいずれもスペイン人の手になるもの)。ああもっとじっくり読みたい! それはそうと描きかけのアレとか調べてる途中のアレとかはどうする気だ約翰!

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