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おぅ……テスカトリポカの額のエスピツァル描き忘れとったわ……という訳で、直しておきました。
 

突然ですが、『アステカ王国 文明の死と再生』で「神殿に燃えさかる炎」のキャプションと共に掲載されている絵、あれ『マリアベッキアーノ絵文書』の蒸し風呂の絵ですよね。
……ツイッターで呟いた『マリアベッキアーノ絵文書』の蒸し風呂(テマスカリ)についての話を、こちらでも書きます。
 
マリアベッキアーノ絵文書のテマスカリの解説の、風呂の戸口に置かれた病人の擁護者とされる偶像というのはテマスカルテシ(蒸し風呂の祖母、ヨワルティシトルとかテテオ=インナンとかの別名)のことでしょう。蒸し風呂は病気の治療に用いられたようです。ヨワルティシトルとは「夜の産婆」「夜の医者」といった意味なので、治療に関わるというのは納得できます。
蒸し風呂を訪れた病人はこの偶像にコパルを捧げ、テスカトリポカに崇敬を表して体を黒く塗った、とあるけどテスカトリポカと病気の治癒や蒸し風呂とはどんな関係があるんでしょう。テスカトリポカは人を様々な病気に罹らせることができるから治療もできるということでしょうか? 『フィレンツェ絵文書』でも病気に罹った男がティトラカワン(テスカトリポカ)に祈願してるし、「我を治したまうならば汝に仕え奉ることを誓わん」とか……それでも治らなかった場合は例の罵倒になるんですが。
さて、『マリアベッキアーノ絵文書』のテキストによれば、「彼らは蒸し風呂を他の忌まわしく汚らわしい行為のためにも用いていた。例えば多くの男女のインディオが全裸で入浴し、そして大変不潔な行いや罪を犯した」とのことですが、これって実際にはどれくらいあったことなんでしょう? たまにはそういうこともあったのか、しばしばなのか。
入浴を非難する記述はこの絵文書がスペインの修道会の庇護の下書かれたものだからでしょう。中世ヨーロッパの風呂屋は衛生のためというより娯楽のために行く所で売春宿ともなっていて、そのため入浴施設は廃止されていき、16世紀頃には入浴の習慣が廃れてしまっていたらしいです。中世ヨーロッパの人たちは風呂に入らなかった、みたいなイメージがあるようですが、清潔が主目的ではないとはいえそれなりに浴場はあったんですね。むしろルネッサンス時代の方が入浴してなかったとは。
っていうか、インディオの入浴を不道徳とするのは、ヨーロッパでそうだったんだからメキシコでもそうに決まってる! みたいな決め付けを感じます。
 

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