Tasteless Blog

あんこ

10月 17th, 2009

『The Drawings of Sahagun’s Primeros Memoriales: Structure and Style』適当に開いたところから読んでます。とりあえず流し見といった感じなので、内容はほとんど頭に入っていきません。
読んでて疑問が出てきたんですが、『ボルジア絵文書』ってプエブラ州のチョルーラで製作されたと思われるんですか? チョルーラといえばケツァルコアトル信仰が盛んだった町だそうですが、そこでの儀式等のテノチティトランのと共通することや異なることなどについても知りたいです。とりあえず、(アステカの暦に関するドゥランの説によって解釈するなら)チョルーラではティティトルの月末にケツァルコアトルの化身とされた奴隷を生贄にしていたとか、『ボルジア絵文書』にはウィツィロポチトリが出てこない(彼はメシカ族だけの神だったからでしょう)こととか、そういうことは知ってるんですが、それしか知らないともいう。
『ボルジア絵文書』といえば、テスカトリポカのアシストを受けつつケツァルコアトルを生贄にしたり他にもなんか色々したりしている通称「ストライプ=アイ」って、いったい何者なんでしょう? 正体がはっきりしないせいか、アステカ神話について解説している本にもまず出てこないという……重要そうなキャラなのになぁ。他の資料には出てこないから確かめにくいとか?
……で、『The Drawings of Sahagun’s Primeros Memoriales: Structure and Style』はどうなんだ約翰。いやまぁその、まだよく読めてないので……。

拍手返信

>白暁さん
ようこそ、いらっしゃいませ!
狭苦しい上に大したものもないあばら家ですが、くつろいでいただければ幸いです。

アステカに関する日本語の本は少ないですよね。エジプトとかとはえらい違い……だもんで、身の程知らずなチャレンジ精神が発動して英語の文献に体当たりをかます日々です。
これからも、自分が疑問に思ったり面白かったりした話題を書いていければいいなと思います。

イラストにお褒めの言葉、ありがとうございます。
ウィツィロポチトリを気に入っていただけたようで嬉しいです。
ウチのテスカトリポカやウィツィロポチトリの配色はいろいろな絵文書を参考にしてますが、つぎはぎ作業は上手くいったと思っていいんでしょうか。
そして当サイトは基本的に不健全というか、健全であろうとしてもどこかいかがわしいものなので、微妙なところが気になってしまうのもやむをえないことかもしれません(笑)。

ところでお尋ねの件ですが、それはもうもちろん、喜んで!
願ってもないことです、こちらこそありがとうございます。

それでは、これからもよろしくお願いいたします。

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