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ヨワルティシトルを夜の貴婦人と訳しメツトリの別名としたのはルイス=スペンスだと以前書きましたが、改めて調べたところ、スペンスより前にダニエル=ブリントンが『The Myths of the New World』に書いていました。ブリントンはアントニオ=デ=レオン=イ=ガマの『Descripcion histórica y cronológica de las dos piedras』にヨワルティシトルが「la diosa de las cunas(揺りかごの女神)」と書かれていたことから、ヨワルティシトルを子供の守護神として月の女神とみなしたようです。テクシステカトルは子を産むことを司る者だということと併せてそう考えたのでしょう。しかしティシトルを医者とか助産婦とかではなく貴婦人と訳したのは……ひょっとして、レオン=イ=ガマの本で「señor de la noche(夜の主)」ヨワルテクトリと共に名を挙げられていたから、セニョールに対応するのはセニョーラだろうとか考えて、それで……?
  

 

話は変わりますが、ツイッターでアステカの冥界の神々の話が出ていたので、こちらもちょっと調べてみました。っていうか、順序としてはこちらが先だったんですが。ミクトランテクトリについて調べようとしていた時についヨワルティシトルが目に入ってしまったので、いつものように脱線です。
 

アステカの死者が往くミクトランの旅路について日本語で読めるものとしては松村武雄編『メキシコの神話伝説』『マヤ・インカ神話伝説集』が身近なものです。これらの本に収録された「死人の旅」を読んで、ミクトランテクトリとその配下ショチトナル・イスプステケ・ネシュテペワについてあれこれイメージをふくらませたアステカファンは多いことでしょう。しかし、当ブログではこれまでにも何度もこれらの本にツッコミを入れてまいりました。という訳で、今回も何が正しくて何が怪しいのか調べてみようと思います。
なお、上記の本に書かれたミクトラン関係の情報は、ルイス=スペンスの『The Myths of Mexico and Peru』によっています。そしてスペンスは主に『ヌエバ=エスパーニャ総覧(『フィレンツェ絵文書』のスペイン語部分)』『バチカンA絵文書』を参考に「The Mexican “Book of the Dead”」の項を書いたようです。松村氏の「死人の旅」での「彼は、二つの高い峯が~」から「~堅い岩でも切り抜けるのであった」の辺りは『ヌエバ=エスパーニャ総覧』、「イスプステケという悪魔が~」から「~真暗にしてしまう」の辺りは『バチカンA絵文書』が元になっています。
しかし、スペンスが記した「メキシコ人は死人に幾本かの投槍を束ねたものを与えた」「死者の口から抜け出した霊魂はテスカトリポカの前に導かれて木製のくびきを首にかけ裸で立ち色々と試される」といった話の出典を私はまだ見つけられません。
という訳で、投槍で戦う云々は『フィレンツェ絵文書』にはないと思うんですが(見落としているだけだったらすみません)、死者が男なら記章つきの籠や盾やマクアウィトルや彼が生前捕虜から奪ったものや彼のマントや衣類を、女なら籠や機織道具などを共に火葬するということは書かれていました。そうすることで黒曜石の刃の(ような)風から死者が護られるのです。
話が前後しますが、「彼は、二つの高い峯が~」から「~堅い岩でも切り抜けるのであった」の辺りは『フィレンツェ絵文書』ではこんな感じです。「(紙製の所持品を死者の前に置いて言う)「これによってあなたは2つの山が合わさるところを越えるでしょう」「また、これによってあなたは蛇が待ち構える道のそばを越えるでしょう」「また、これによってあなたは碧いトカゲ※・ショチトナルのそばを越えるでしょう」「また、これによってあなたは8つの砂漠を進むでしょう」「また、あなたはこれによって8つの丘を渡るでしょう」「これによってあなたは黒曜石の刃の風の場所を越えるでしょう」(※ xoxouhquj cuetzpalinのxoxouhquj(xoxouhqui)は青~緑にかけての色を指す語で、スペイン語テキストではlagartija verde緑の小さなトカゲとなっていました。青緑色ぐらいをイメージしておくといいかもしれません。なお、スペンスの本ではfierce alligator獰猛なアリゲーターとなっていたので、松村氏は恐ろしい鰐と書きました。スペイン語がlagartoあるいはlagartaならワニの意味もありますが、ナワトル語テキストではcuetzpalinでcipactliではないので、やっぱりトカゲでしょう)」
ショチトナルの前に登場する蛇ですが、実は「物凄い蛇がその行手にとぐろを巻いていて、死人を見るなり跳りかかってくる」と松村氏の本でも言及されていました。しかし、サアグンが記録した時点で、ただ蛇というだけでショチトナルのような固有の名前で呼ばれることがなかったため、読者の印象に残りづらく存在をスルーされがちになってしまったのです。
そして、死者の行く手を遮るイスプステケやネシュテペワの出典は『バチカンA絵文書』です。今では多くのアステカファンの間に「ミクトランテクトリの配下はショチトナル・イスプステケ・ネシュテペワ」というイメージが定着しているようですが、そうなったのはスペンスが『バチカンA絵文書』から説明が多めだった2柱を選び出して『ヌエバ=エスパーニャ総覧』の話とつなげたからであり、ショチトナルの前に出てきた蛇が名無しだったからでしょう。
『バチカンA絵文書』に男女4組8柱の冥界の神々が描かれたページがあり、その中に件の2柱もいます。
上からミクトランテクトリ&ミクテカシワトル・イスプステケ&ネショショチェ・ネシュテペワ&ミカペトラコリ・コンテモケ(ツォンテモクのことか)・チャルメカシワトルとなっています。
大地の口の上に座る冠をかぶった男神=ミクトランテクトリ、鳥の足の男神=イスプステケ、血を満たした容器に下半身を浸す?女神=ネショショチェ、下半身がなく浮いている?男神=ネシュテペワ、下半身がなくござの上に乗っている?女神=ミカペトラコリ、……といった特徴のある彼らは判りやすいですが、ミクテカシワトルとチャルメカシワトルの区別がつきにくいですね。ツォンテモク(面倒臭いのでこちらの名称に統一)もちょっと特徴薄い。
イスプステケは「死人の旅」では「後ろ向きになった鶏の脚を持っている」とありますが、元になったスペンスの「The Mexican “Book of the Dead”」では「the backward-bent legs of a cock(後ろ向きに曲がった鶏の脚)」で、恐らくこちらのページの「人と鳥の下肢 骨格構造と名称」の図にあるような感じだと思うんですが、「後ろ向きになった鶏の脚」では爪先が後ろで踵が前に来てるようにも読めてしまってややこしいです。
それから、ツォンテモクは『フィレンツェ絵文書』ではミクトランテクトリの別名とされていますが、『バチカンA絵文書』ではそれぞれ別の神です。また、これはまだ自分で確認はしてませんが、ル=クレジオの『メキシコの夢』の注によれば、アルフレド=チャベロの説では太陽神トナティウが西に没するとツォンテモクという名になり、夜はミクトランを照らすためミクトランテクトリになったそうです。エドゥアルト=ゼーラーによればツォンテモクは大地のヒキガエルとして表わされたとも。そしてこれもゼーラーの論文に書かれていたことですが、『絵によるメキシコ人の歴史』で落ちてきた天をテスカトリポカとケツァルコアトルが2本の木になって支えた後、手助けのため創られた4人の男たちの内の1人がツォンテモクだそうです。もっとも、これは原著での綴りが「Cotemuc」らしく、「Tzontemoc(ツォンテモク)」とするのが妥当かどうかは断言できません。アンヘル=マリア=ガリバイの『Teogonía e Historia de los Mexicanos』(『絵によるメキシコ人の歴史(Historia de los Mexicanos por sus pinturas)』と『メキシコの歴史(Histoyre du Mechique)』のスペイン語訳を収録した本)では「Cuatemoc」となっています。
そうそう、『メキシコの神話伝説』の「ミクトラン神」の項にミクトラン神はチチミメスまたはチチミトレスと呼ばれた怪物を従えていたとありますが、これも『バチカンA絵文書』が出典です。ツィツィミメのことですが、そういえば『テレリアーノ=レメンシス絵文書』のケチョリの月の解説ページに、ヤカテクトリ・トラウィスカルパンテクトリ・セ=アカトル=ケツァルコアトル・アチトゥメトル・シャコパンカルキ・ミシュコアトル・テスカトリポカ・ツォンテモクが堕天してツィツィミメになったという記述があるんですよね(同じ資料を参考に書かれたと思しき『バチカンA絵文書』のケチョリ解説では天界から堕ちた4柱の地獄の神々といった感じでそれぞれの名前は挙げられてませんでした)。ツォンテモクがツィツィミトルになったという話があるのか……ツォンテモクとは「頭を下にして降りてくるもの」といった意味があるそうですが、これも何か関係があるんでしょうか?
 

ところで、ミクトランテクトリに関する神話といえば、ケツァルコアトルが貴重な骨を取りにミクトランに下った話が有名ですが、やはりケツァルコアトルがらみでこんな話もあります。ソースは『マリアベッキアーノ絵文書』。
「ケツァルコアトルが手で男性器を洗っていたとき射精が起こり、精液が岩の上に落ちた。そしてそこに、女性器の間に切り取られるであろう肉片を持つ、花という意味のショチケツァルの名で呼ばれる女神を噛ませるために神々が送ることとなるコウモリが生まれた。そしてそのコウモリは彼女が眠っている間にその肉片を切り取った。そして彼はそれを神々の前へ運び、神々はそれを洗った。すると彼らがこれを落とした水の中から花が現れたが、それらは良い香りではなかった。そこでコウモリはその花※をミクトランテクトリのところへ持っていき、そこで彼はそれを再び洗った。すると水の中からショチケツァルと呼ばれる女神に由来するのでショチトルと呼ばれる芳しい花が現れた。そしてインディオたちは芳しい花は異界から、彼らがミクトランテクトリと呼ぶ偶像の家から来たと信じている。そして匂いのない花は、この土地から初めて生まれたものだという(※ 『マリアベッキアーノ絵文書』ではコウモリがミクトランテクトリのところに持っていったのは花となっていますが、肉片だったとしている史料もあります)」
花に芳しさをもたらすのは冥界の力というのが面白いですね。しかし、ケツァルコアトルの相手の女神といえばマヤウェルが有名ですが、この話からするとショチケツァルとも性的な関係があったということになりますよね。マヤウェルと関係してプルケができ、ショチケツァルと関係して花ができたと。
 

……とまぁ、アステカの葬送儀礼とか死後の世界とかについてはまだまだ知りたいことがたくさんありますが、今回はこの辺で。

2 Responses to “手湿疹がひどくなってきた”

  1. マイベイ

    お疲れ様です。昨日、祖母の家から帰ってきました。アステカにもいろんな歴史がありますね。

  2. 約翰

    お帰りなさいませ。こんなところで何ですが、お誕生日おめでとうございます。
    アステカの歴史、展覧会を見に行って以来「こういうものを作った人たちのことをもっと知りたい!」と思って調べてますが、疑問の答えが見つかったときは気持ちいいですね。

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