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鼻の頭から出血

9月 23rd, 2014

ツイッターにてWikipediaのミキストリの項の記事の元になったものがよく判らないという話が出たので、調べてみました。

Wikipediaには
「ミキストリ(Mextli, Miquiztli)は、アステカ神話に伝わる死神。戦争と嵐をもたらす神で、武装した戦士の姿で誕生したといわれる。古代アステカでは、毎年何百もの生け贄がこの神に捧げられた。
テクシステカトルと同一視される。また、メキシコの語源とされる。
参考文献 『悪魔事典』 新紀元社、2000年、374頁。」

と書かれています。では、これから詳しく見ていきましょう。

まず、ミキストリのアルファベット表記とされているMextli及びMiquiztliについて。
Wikipediaのミキストリの項の他言語版で英語版をクリックするとMetztliの項に飛びます。どうやら、英語版WikipediaではMextliで検索するとMetztliの項にリダイレクトされることやMiquiztliの項目がないということから、Metztliの項にリンクさせたようです。そして、Metztliの項には
「アステカ神話において、メツトリMetztli(Meztli、Metziとも)は月や夜や農業従事者の男神ないし女神であった。彼/彼女は恐らくヨワルティセトル(訳注:ヨワルティセトルYohualticetlはヨワルティシトルYohualticitlの誤記だろう。詳しくはこちらの記事を参照)やコヨルシャウキ、そして月の男神テクシステカトルと同じ神であった。後に見るように、彼/彼女はその炎が恐ろしい故に太陽を恐れた。そしてまた、太陽となるための自己犠牲に失敗した卑しい寄生虫病の神が月となったがその代わりにウサギによって彼の顔は暗くなったとも言われた」
と書かれています。
ヨワルティシトルは実際の神話において月の女神だと明言されたことは恐らくないとかナナワツィンとテクシステカトルがごっちゃになってるとか、ツッコミ所はあるもののアステカ神話における月の神の説明だということはわかります。
Miquiztliの方は死を意味するナワトル語です。

しかし、英語版のMetztliの解説と日本語版のミキストリの解説にはテクシステカトル以外には共通する要素が見受けられません。
それでは少し話を戻し、なぜミキストリのスペルとしてMextliとMiquiztliの2つが挙げられているのかということについて考えてみましょう。
ナワトル語のアルファベット表記においてはxはshで発音されますが、予備知識がなければそう読むことはなかなか思いつかないでしょう。
参考文献の該当箇所には、
「Mextli ミキストリ 死を司り、戦争と嵐をもたらす者。月を象徴する」
とありました。WikipediaのMextli表記もこれが由来のようです。しかし、どうしてMextliがミキストリなのでしょうか? 想像ですが、『悪魔事典』の著者がナワトル語のxの読み方を知らなかったとしたら、xをshではなくksと読んでメクストリはミキストリに似ている、これがミキストリの綴りだろうと思ったのではないかと。そして、日本語版Wikipediaの記事を書いた人もMextliはきっとMiquiztliの異綴りだろうと考えてしまった……ということがあり得ます。
そして、どの文献かまでは特定できませんでしたが、Mextliを完全武装で生まれた戦争と嵐を司る神で毎年何百人ものの人間が生贄として彼に捧げられたとしている本があったようです。Wikipediaではありませんが海外のサイト『Encyclopedia Mythica』に、日本語版Wikipediaのミキストリの項と同じような記述がありました。
「Mextli メシカ人の主神(彼らの国名の元となった)で、より一般的にはウィツィロポチトリと呼ばれた。何百人もの人間が毎年生贄として彼に捧げられた。メシトリ(原文Mexitli)は戦争と嵐の神で、完全武装で生まれた」
日本語版Wikipediaのミキストリの記事を書いた人も、恐らく私と同じようにウェブ検索して『Encyclopedia Mythica』のMextliの項に辿り着いたのでしょう。

けれども、また1つ疑問が生じます。『Encyclopedia Mythica』にも書かれているように、Mextli(本来はMexitli)はウィツィロポチトリの別名とされるものです。なぜ『悪魔事典』や日本語版Wikipediaではテクシステカトルのことになっているのでしょうか?
そのヒントは、アイリーン=ニコルソンの『マヤ・アステカの神話』にありました。172ページ、「VII 第五の太陽」の章に
「テクシステカトル(死の日を表わす神、前にミキストリとして出てきている。のちに月の神として認知された神)」
と書かれていたのですが、実はこれは日本語訳に問題があるのです。該当箇所は英語の原著『Mexican and Central American Mythology』では
「A god Tecciztecatl (whom we may remember as the deity of the death’s head day, Miquiztli, and who later became acknowledged as the moon god)」
となっていました。「the death’s head day」とは髑髏の絵文字によって表される日で、そのナワトル語の名称がミキストリです。つまり、「the deity of the death’s head day, Miquiztli」とは「死の日ミキストリの神」ということですが、邦訳ではミキストリは日ではなく神の名前になってしまっているのです。確かに原文も紛らわしい感じではあるものの、ミキストリの名称が前に出てきた箇所(116ページ、「III 暦」の章)ではミキストリは日の名でテクシステカトルはその守護神だとされているので、併せて読めば文意は酌めるはずです。
なお、日本語版Wikipediaのミキストリの記事に添えられた絵はミキストリの日を表す絵文字であって、神ミキストリの肖像という訳ではありません。そもそもミキストリなる神はいないので、絵文書から探そうとしても見つからないのです。
そんな訳でミキストリとはテクシステカトルの別名ではないのですが、『悪魔事典』の著者はそうは思わなかったようです。しかも「死の日を表す神→死を司る神」と解釈が飛躍したらしいです。そして、何かは不明ですが海外の文献で見つけたMextliをミキストリのことだと判断し、『マヤ・アステカの神話』の記述と混ぜて『悪魔事典』の記事を書いたのでしょう。
そして、『悪魔事典』を読んだある人が日本語版Wikipediaにミキストリの項目を作りました。その際、彼/彼女は『マヤ・アステカの神話』や『Encyclopedia Mythica』の情報も参照したようですが、『Encyclopedia Mythica』ではMextliはより一般的にはウィツィロポチトリと呼ばれたと書かれているのをテクシステカトルにしたのは、『マヤ・アステカの神話』の「VII 第五の太陽」の章にあったテクシステカトルが太陽になり損ねた神話を踏まえた結果のようです。Mextliがミキストリで月を象徴するのなら、太陽神といわれるウィツィロポチトリがMextliというのは何かの間違いだろうと判断したのではないでしょうか。英語版WikipediaではMextliで検索するとMetztliの項にリダイレクトされるし。

長くなってしまいましたが、まとめると
 
・『マヤ・アステカの神話』の訳者が「テクシステカトル(前に死の日ミキストリの神として出てきている)」とするべきところを「テクシステカトル(死の日を表わす神、前にミキストリとして出てきている)」と訳す
 ↓
・『悪魔事典』の著者がアステカにはミキストリという死の神がいると思い込む
 ↓
・『悪魔事典』の著者が海外の文献(現時点では未特定)に書かれたMextliとはミキストリのことだと思い込む
 ↓
・『悪魔事典』のミキストリの項目を書く
 ↓
・ある人が『悪魔事典』をベースに、『マヤ・アステカの神話』や『Encyclopedia Mythica』なども参考にしつつ日本語版Wikipediaのミキストリの項目を書く
 
といった流れを推測したということです。

……訳が怪しいとか勘弁して、っていうかなんで私がツッコミ入れてるんだよ英語苦手なのに……。
そして『悪魔事典』、あれ他の項目も見たけど悪魔名のアルファベット表記がちょくちょく空欄になってるのな。そんな状態見たら「この本はヤバい」って思わねぇ? ちゃんと調べてるようには見えねぇよ。きっちり作っても手抜きでも売れ行きに大差ないのかもしれんけど、そんないい加減なものを信じてしまった人たちが気の毒だよ。

4 Responses to “鼻の頭から出血”

  1. マイベイ

    時々Wikipediaにはお世話になりますがミキストリのことはそういうことなんですね。

  2. xihuanxochimeh

    >マイベイさん
    そうなんです。Wikipediaもちょくちょく怪しい情報があるので、それだけに頼らず色々調べるのが大事ですね。

  3. 神話好きゲーマー

    はじめまして。
    大変興味深く読ませていただきました。

    私がプレーしているLord of Vermilionというゲームにおいてミキストリというキャラクターが登場するのですが、
    彼(彼女?)の逸話でも調べてみようとwikipediaを見たところ内容が貧弱で、
    英語版に行ってみたら今度は全く別のことが書いてあったため困惑していたところ、
    運よくこちらのページを見つけることができました。

    おかげさまですっきりいたしました。ありがとうございました。
    こちらで得た知識を元にして同ゲームwikiのミキストリの項を書かせていただきました。(リンク先)
    もし何か問題があるようでしたら記述を取り下げます。

  4. xihuanxochimeh

    >神話好きゲーマーさん
    はじめまして。
    リンク先の記事を拝見しました。お役に立てたようで嬉しいです。
    アステカ神話に興味がある人は多いと思うんですが、日本語で読める資料は質量ともに心許ないのが現状です。
    私もアステカ神話に興味を持ったものの、まず史料の少なさに、次いで史料の不正確さに困ったので、同好の方々が余計な苦労をせずにすむよう、アステカ神話に関する情報を少しずつではありますが紹介して行きたいと思っています。
    私自身まだまだ分からないことが多いですが、それだけに何か分かったときは快感ですね。

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