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トラン(トゥーラ)が舞台のケツァルコアトルとテスカトリポカの対立の物語にはいくつもバージョン違いがありますが、その中で私は『絵によるメキシコ人の歴史』第8章に収録のものが特に気になっていました。
なんだか盛り上がりに欠けるのです。
要約すると、「原初神夫婦トナカテクトリとトナカシワトルから生まれた4兄弟の1柱、赤のテスカトリポカことカマシュトリまたの名をミシュコアトルは岩を杖で打ってチチメカ人を出現させ、自らもチチメカ人に姿を変えた。カマシュトリは天から落ちてきた双頭の鹿を捕らえ戦争を続け、太陽に食物を捧げた。しかし、カマシュトリが野原で1人の女(黒のテスカトリポカが作った5人の女たちの子孫)と会った際、チチメカ人はカマシュトリに戦いを仕掛け、彼に勝利をもたらしていた双頭の鹿を奪ってしまった。女はセ=アカトル(類話に登場するセ=アカトル=トピルツィン=ケツァルコアトルと同一人物と考えられる)として知られる息子を産んだ。セ=アカトルは苦行を行い強い戦士となり、戦争を行いトゥーラの最初の支配者となった。セ=アカトルが大神殿を建設すると(黒の)テスカトリポカが現れ、お前はトゥーラを去って終の家があるトラパランへ行かねばならないと言った。セ=アカトルは、天と星々が自分の運命を告げていたと答えた。4年後、セ=アカトルは民を連れてトゥーラを発ち、チョルーラ・コスカトラン・センポワランに民を残していった。セ=アカトルはトラパランに着き、その日のうちに病を得て翌日死んだ。そしてトゥーラは人口が激減し、9年間支配者がいなかった」といった感じです。

他のバージョンだと、テスカトリポカたちはケツァルコアトルに酒を飲ませて神官の勤めを忘れさせるとか小人の見世物で民衆を集めて殺したりとか、さまざまな手段でケツァルコアトルを追い詰めてトランを去るよう仕向けますが、『絵による』だとテスカトリポカがやって来たときにはすでにセ=アカトルは自分の運命を悟り覚悟完了していたようです。テスカトリポカと対立していたと取れる描写も特になく、異質な印象を受けます。
なお、先ほども()で注釈をつけましたが、この話のセ=アカトルは類話のセ=アカトル=トピルツィン=ケツァルコアトルと同一人物と考えられていますが、しかし彼と神ケツァルコアトルとの関係は特に言及されていません。この話のセ=アカトルは赤のテスカトリポカ(カマシュトリ或いはミシュコアトル)と黒のテスカトリポカの子孫です。
その異質さとおそらく盛り上がらなさ故か、アステカ神話についての本でもあまり話題にならないのですが、そのためかえって私は引っ掛かりを覚えていました。

ところで、人口が激減したトゥーラはその後どうなったのでしょうか?
続く第9~11章を元にかいつまんで説明すると、「(第4の太陽を終わらせた)大洪水から130年後、ヌエバ=エスパーニャの西方やや北よりの地アストランに住んでいたメシカ人は新たな土地を発見し征服するため出発した。シウツィン・テクパツィン・クアトリクエの3人に率いられたメシカ人は、トナカテクトリとトナカシワトルから生まれた4兄弟の1柱で彼らの守護神であるウィツィロポチトリの神殿を建てるべく神像と共に旅をした。トゥーラの向かいの山コアテペックにはテスカトリポカが創造した5人の女たちが住み苦行を行っていた。その中の1人コアトリクエは処女であったが、白い羽を懐に入れると妊娠した。万能の神ウィツィロポチトリが新しく生まれるためにそうしたのである。するとコアトリクエの兄弟に当たるテスカトリポカに作られた400人の男たちが彼女を焼き殺そうとしたが、完全武装で生まれてきたウィツィロポチトリが彼らを皆殺しにした。その後もメシカ人はウィツィロポチトリの神殿を建てたりしながら旅を続けた。メシカ人がトゥーラに着くと、トゥーラの住民の前にウィツィロポチトリの黒い姿が現れ、地下から悲しげな泣き声が聞こえた。4年後、トゥーラのある老婆が住民それぞれに紙の旗を配った。トゥーラの住民は自分たちの死すべきときが来たことを知り準備をし、皆自ら生贄の石の上に身を投じた。トゥーラの住民は誰一人として生き残らず、メシカ人がトゥーラの支配者となった」

私が思うに、『絵による』第8章で書かれたセ=アカトルとテスカトリポカの話は、第11章で書かれるトゥーラの住民の滅亡とメシカ人がトゥーラの新たな主となる展開を導くための伏線というか前振りというかだったのではないでしょうか?
もちろん、『絵による』の記述すべてが実際に起こったことではないでしょう。そういうことではなく、元は余所者であったがメキシコ中央高原の覇者となったメシカ人が自分たちの権威を正当化するための手段とした「歴史」を見ることで、彼らが自分たちをどのようなものだと思おうと、思わせようとしていたかが伺えるのです。
ケツァルコアトル(セ=アカトル)とテスカトリポカが対立し、ケツァルコアトルがトランを去る羽目になったという話の元となった事件は、おそらくかつてトルテカ人の都市トランにおいて起きたことでしょう。それは時期的にメシカ人とは直接の関係はなかったでしょうが、メシカ人は自分たちの歴史と件の伝説とを関連付けました。
メシカ人がメキシコ中央高原に定住した頃には、トルテカ人とはかつてこの地にいた素晴らしい人々として語られ、彼らの王セ=アカトル=トピルツィン=ケツァルコアトルは名君にして神でもあり人でもある存在と考えられていました(当時の人々は現代人のように神話と歴史を分けて考えたりせず、ケツァルコアトルとは神でも人でもあるとにかくすごい存在だと見なしていたように思われます。また、ケツァルコアトルとは神官の称号でもあったので、歴史上ケツァルコアトルと呼ばれた人物は複数います)。
『絵による』によれば、トゥーラの初代支配者セ=アカトルは黒のテスカトリポカが作った女の子孫から生まれ、自らの死の運命を知り、4年後に自ら死地に赴きました。メシカ人の守護神ウィツィロポチトリは黒のテスカトリポカが作った女の胎内に宿りもう一度生まれました。メシカ人がやってきたとき、トゥーラの住民は自分たちの死の運命を知り、4年後に自ら生贄となりました。
第11章に書かれたトゥーラの住民の死は、第8章のセ=アカトルの死をなぞったかのようです。或いは、トゥーラの住民の死を予告するものとしてセ=アカトルの死が描かれたか。
メシカ人は征服によって土地を獲得したことを自ら誇りにし、また、かつてこの地にいた理想的と考えられた人々トルテカ人の後継者たらんとしていました。そんな訳で、メシカ人はトゥーラの人々が自ら生贄となり死に絶えることでトゥーラを手に入れたという話を作り出したのではないでしょうか。それは定められた運命であり、トゥーラの人々も受け入れていたものだとする話を。
そして、それを強調するために、過去にも同じようなことがあった、トゥーラの偉大な支配者セ=アカトルも自らの死の運命を受け入れていた、そんな話も作ったのだと思います。また、後の世でも神聖視されるセ=アカトルを暴力的に追い出したとするのはイメージが良くないという思惑もあったかもしれません。それで、元々の話では敵対者として現れていたテスカトリポカも策略を用いたりセ=アカトルを攻撃したりせず、ただ死を予告しにやってきただけになったのでしょう。
テスカトリポカといえば、セ=アカトルと(再び生まれた)ウィツィロポチトリは共に彼の子孫に当たります。テスカトリポカが400人の男たちと5人の女たちを創造したのはそもそもは太陽の食料とするためで、実際彼らは一度死にました。しかしいつの間にか生き返っていました。トゥーラの支配者セ=アカトルとメシカ人の守護神ウィツィロポチトリを血縁者とするためもあってそういう展開にしたのでしょうか? テスカトリポカが太陽を養うために400人の男たちと5人の女たちを創造した話は本来はメシカ人やウィツィロポチトリとは無関係だったが後から関連付けられたのではないかと思います。
ついでに言うと、ウィツィロポチトリ誕生譚には、チマルマンという女性が翡翠を飲み込んでセ=アカトル=トピルツィン=ケツァルコアトルを身ごもったという『クアウティトラン年代記』の話や、父母たる太陽と大地に捧げものをしない400人のミシュコアをその弟妹である5人のミシュコアが討つ『太陽の伝説』所収の話や、セ=アカトルが叔父たちないし兄たちに殺された彼の父でありチチメカの指導者カマシュトリないしミシュコアトルの敵を討つ『太陽の伝説』や『メキシコの歴史』に書かれた話などの影響も見られます。
話を戻すと、セ=アカトルとウィツィロポチトリとをつなぐものでもある『絵による』のテスカトリポカには、セ=アカトルをトゥーラから旅立たせるための悪事を働かせる訳には行かなかったのでしょう。後にやって来るウィツィロポチトリとメシカ人の正当性を損なわないためには。

こうして見ると、メキシコ中央高原に勢力を広げたメシカ人が自分たちに都合のいいよう歴史を改竄したという話は有名ですが、『絵による』のトゥーラのセ=アカトルとテスカトリポカのエピソードもまた改変をこうむったもののようです。新参者だったメシカ人が現地に伝わる伝承を脚色しつつ自分たちの歴史に取り入れ、自分たちが覇権を握ることの根拠としたのです。
ケツァルコアトル(セ=アカトル)とテスカトリポカのエピソードは本来はメシカ人とは関係ないものでしたが、『絵による』のそれはメシカ人の覇権を正当化する「歴史」の挿話として作り変えられたもので、もはやテーマからして違うものでしょう。
冒頭で盛り上がりに欠けるといいましたが、そういう展開になってしまったのにも理由があります。類話との相違から見えてくるものがあります。あまり盛り上がらないからとか他の伝承とは設定が違うからとか、そんなことでスルーしてしまうのは勿体ない気がしますね。

 

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