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『The Aztec Kings: The Construction of Rulership in Mexica History』(Susan D. Gillespie / Univ of Arizona Pr / 1992)が届いたぞー!
これ読んでみたかったんですよね、アステカ滅亡に関する有名なエピソード「人身御供を否定したケツァルコアトルは人間の生贄を求めるテスカトリポカに敗れて東に去ることになったが、その際『一の葦の年に戻ってくる』と言った。果たして西暦1519年、東の海からコルテス一行がやってきたが、それはアステカの暦では予言の一の葦の年であった。白い肌に黒い髭というコルテスの風貌はケツァルコアトルと同じであり、予言を信じコルテスをケツァルコアトルの再来と見なしたモテクソマ2世は迅速な対応ができず、アステカは滅亡した」が、実は征服後に作られた話であるという説を唱えているとしていくつかの本で紹介されてて。
私は件の予言に関する話については懐疑的な立場であります。というか、好きになれないと言った方がより正確かもしれません。なんか出来すぎてて気持ち悪いもんで……。それに、「ケツァルコアトル=善 / テスカトリポカ=悪」っていう単純化された図式が流布してるのも嫌なんですが、その大きな要因になってると思うからでもあります。こう思うのは私がテスカトリポカ贔屓だからというのが大きいんでしょうが、あんまりケツァルコアトルばかり持ち上げられるのは何か違う気がします。

例によって例のごとく、まだちょっとしか読めてませんが(っていうか先に届いた『Mockeries…』もまだほとんど手付かずだ、いかんなぁ…)、パッと開いたページに書かれていたトゥーラの神官王セ=アカトル=トピルツィン=ケツァルコアトル誕生エピソードについて、少し。『ヴィジュアル版世界の神話百科アメリカ編』にて「彼の母親の妊娠は象徴的に語られ(ミシュコアトルの弓から放たれた矢によって妊娠した)」とあった懐妊エピソード、原典と思しき『太陽の伝説』では、ミシュコアトルの矢は4本ともチマルマン(セ=アカトル=トピルツィン=ケツァルコアトルの母)には当たってないんです。「そうして彼女らは彼女を呼んできて、彼女はウィツナワクからやって来た。そしてミシュコアトルは再び行き彼女に会った。彼女はまたしても股を晒して立っていた。そして彼は盾と矢を置き、再び彼女を射た。再度矢は彼女の上を通り過ぎ、そして1本は彼女のそばを過ぎ、彼女はもう1本を手で捕らえ、もう一本は彼女の脚の間を通った。その後彼は彼女を捕らえ、そしてこのウィツナワクから来た女性チマルマンのそばに寝た。そしてそれによって彼女は妊娠した」となってるんですよ。これを読んで、矢によって妊娠したと考えるのは難しいような……とずっと思ってたんですが、『The Aztec Kings』では「彼女は最終的にミシュコアトルの「5本目の矢」によって通常の性行為の方法で貫かれた」と書かれてました。やっぱりそういうことですよね。っていうか、「5本目の矢」というのはつまり股間の(以下略)。
なお、ここに引いたセ=アカトル=トピルツィン=ケツァルコアトル懐妊エピソードは『世界の民話 アメリカ大陸II』(小沢俊夫編・関楠生訳 / ぎょうせい / 1977)にても日本語で読めます。この本は、トゥーラでのケツァルコアトルとテスカトリポカの対立の話などは含まれませんが、基本的に原典に忠実な形の話が収録されているのでお勧めです。文体は幾分とっつきにくいかも知れませんが。ケツァルコアトルが人身供儀を行うエピソードもありますよ。大き目の図書館には多分あると思います(神話ではなく民話のコーナー)。

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