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ああ時間が無い……年賀状も終わらん……とりあえず『テレリアーノ-レメンシス絵文書』に書かれたパンケツァリストリの解説を訳しておきます。例によって細部は適当ですが、例のごとく大体こんなもんというぐらいなつもりでお読みください。
 パンケツァリストリ
 それは12月1日に始まった。
 テスカトリポカのもうひとつの祭り、彼らはそれを年に3回祝った。
 テスカトリポカはここでは蛇の足で描かれてはいないが、彼ら(先住民)がいうにはこの祭りは彼(テスカトリポカ)が罪を犯す前のものだからで、彼が天にいた時のことであったからである。そして要するに戦いはここから来たのである、天におけるこの戦いからである。
 パンケツァリストリとは旗の掲揚を意味し、この月の間は誰もが小さな紙の旗を家に立てる。そして指導者たちと戦士たちは身を守るために同じ武器を与えた戦闘で捕らえた数人の男たちを生贄にしたものであった。そうして、彼ら(捕虜)は彼ら(メシカの戦士たち)に殺されるまで戦ったのである。この月の間メシカ人たちは彼らが神として崇めるウィツィロポチトリという彼らの最初の指導者の祭りを行った。そしてチャルコ地方ではテスカトリポカの名で呼ばれる彼らの指導者のために生贄が捧げられた。
 この月の間彼らは小さなパンの祭りを催したが、それはこのように行われた。彼らはツォアリと呼ばれるアマランスの種と蜂蜜とで大きなパンを作り、彼らのやり方で聖別した後、小さなかけらに砕いて高位の神官がそれをとても清潔な容器に入れた。そして彼はマゲイの棘を取りそれを大いなる崇敬と共に小さなパンのかけらに戻し、ある種の聖餐としてそれをインディオたちそれぞれの口に入れた。
 同じ月の間彼らは火の神シウテクトリと呼ばれる祭りをこのような方法で行った。4人の神官がそれぞれ一束のオコトル(訳注・松明)を持って神殿の頂上から降り、東そして北と西に向かって一定の儀式を行なった。そして正午の後彼らはオコトルを神殿にある火鉢の中に入れて燃やした。そして夜あるいは日中ずっと決して火鉢の火を絶やさぬようにしてこれを明かりとした。

……テスカトリポカが犯した罪って何?

<拍手返信>


>伏さん

いらっしゃいませ!
ご覧の通りのカオスでデストロイなあばら家ですが、お楽しみいただければ幸いです。

伏さんも一般に流布しているショロトル話に違和感を感じてらっしゃいましたか……。件の話を元に伏さんが描かれた絵はとても味わい深く素敵だったので、そのエピソードは松村氏の想像によるものらしいと判ったのは残念なことだったと思いました。

ウィツィロポチトリってテスカトリポカとの類似がしばしば取り沙汰されますが、ケツァルコアトルに通じる要素もまた結構あるっぽいですよね。いろいろ掘り下げ甲斐がありそうです。

それでは、これからもよろしくお願いいたします!

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