"Moo"rton

Wendy O. Koopa  クッパ城の一室、コクッパたちがよく遊んだり駄弁ったりしている部屋だが、今そこにいるのはモートンだけだった。かなり広いがあちこちに玩具やらゴミやら色々散乱した部屋の真ん中辺りに寝転んだモートンは、スナック菓子をつまみながらマンガを読んでいる。
「モートン!」
 不意に名前を呼ばれ、声のした方を見る。
「オヤジ。……何だよ」
「何だよ、ではない! なんだこの汚い部屋は! さっさと片付けるのだ!」
 コクッパたちの父・大魔王クッパが怒りの形相で叫んでいた。
「え〜、散らかしたのはオレだけじゃないのに……」
 モートンは不平を漏らしたが、クッパに睨まれて口をつぐんだ。
「今ここにいるのはお前なんだから、お前が片付けをするのだ!」
「……はいはい」
 モートンはしぶしぶ返事をし、立ち上がった。袋に残った菓子を大きな口に流し込み、べとついた指をしゃぶってから、ひっくり返っていたゴミ箱を元に戻し、空になった袋をこぼれたゴミと共にその中に捨てた。さっき読んでいたマンガ本と近くに落ちていたマンガ本を拾い集めて棚の隙間に突っ込んだ。そして溜め息をついた。
「どうすんだ、これ……」
 部屋はまだまだ散らかっていて、およそ変化があったようには見えない。これからこなさねばならない作業量を思うと気が遠くなりそうだった。
 とはいえ、何もしなければ終わるはずもない。とりあえず、自分の近くにあるものから手当たり次第に棚や箱に投げ入れていく。実にいい加減な仕事だが、幸い、クッパはもう見ていない。
「まったく、自分で使ったものは自分で片付けろよなー」
 ぶつくさ言いながら片付け続ける。文句を聞かせるべき兄弟たちは、父に見咎められる前に部屋からいなくなってしまっていた。菓子とマンガに夢中になっていたモートンだけが残された訳だが、今こうしてぼやいている内容を彼自身常に心がけているのかといえば、全然そんなことはないのだった。
「はぁ……何だこれ?」
 単純作業に倦んできた頃、拾い上げたものの1つがやけに気になった。
 白地に黒斑模様の布だった。広げてみると、牛の頭部を模した被り物で、パーティなどで用いる仮装グッズのようだが、なぜ今ここにあるのかは判らなかった。
「誰のだよ、こんなの……」
 呟きながら、モートンは何となくそれを被ってみていた。傍らに落ちていたピンク色の玩具のコンパクトの鏡で自分の姿を確かめる。ハートなどいかにも女の子が好みそうな装飾を施された小さな円い鏡の中に映った自分を見て、モートンは軽く自己嫌悪を覚えた。
 うっかり「結構似合うかも」と思ってしまったからである。モートンはコンパクトを勢いよく閉じて床に放ると、自分の体も床に投げ出した。
「あー、片付け飽きた! 面倒臭ぇなあ、もう……」
 モートンの周りにあったものはあらかた収納場所に押し込まれていたが、室内全体を見渡せばまだまだ攻略すべき領域が広がる。彼は下唇を突き出し、目を閉じた。
「モートン? お前……」
 先ほどとは違う声に名を呼ばれ、モートンは目を開けた。視界に入ったのはロイだった。床に寝転んだままのモートンに歩み寄り、牛の被り物の耳をつまみながら、しみじみとした口調で言葉を続ける。
「……そうか、食べてすぐ寝転ぶと牛になるっていうのは本当だったんだな。ああ、モートン、こんな姿に……」
「いやいやいや、これ被り物だし? それに食べてすぐ寝転んだ訳じゃねぇよ、さっきまで片付けしてたんだよ。……確かにその前は食べて寝転んだ、っていうか寝転んで食べてたけど、でもそれは関係ねぇし」
 モートンは冗談だろうと思いながらも起き上がって反論した。しかしロイはまるで聞こえなかったかのように話を続ける。
「でも、お前ならきっといい肉になれる」
「オレ、肉牛? ……やめてくれよ、冗談にしても趣味悪いぜ」
 ロイはモートンに返事をする代わりに、『ドナドナ』の替え歌を歌いだした。
「ある晴れた 昼さがり いちばへ 続く道 荷馬車が ゴトゴト モートンを 乗せてゆく」
 歌いながら、モートンの太い腕を撫でたり掴んだりする。
「やめろって! 気持ち悪いな!」
「あ、牛ー」
 髪を逆立てた小さな影が2つ、部屋に入ってきた。レミーとラリーだ。
「へー、モートンって牛だったんだ、知らなかったぜ。でも、名前からして牛っぽいよな。”モー”トンって」
「ハハハ、ラリー、上手い!」
 ラリーはモートンの名を牛の鳴き真似めいて発音する。ロイは手を叩いて笑った。
「上手くねぇよ!」
 だが、ラリーはやや残念そうな顔をする。そして、苛立つモートンはまたしても無視された。
「でも、茶色い牛の方がよかったな。茶色い牛だったらコーヒー牛乳が出るだろ? オレ、普通の牛乳よりコーヒー牛乳の方が好きなんだよ」
「ボクはフルーツ牛乳が好きだな」
 レミーが言うと、ラリーは小馬鹿にしたように噴き出した。
「ぷぷーっ! フルーツとかお子ちゃまぁ! コーヒーの方が大人の味だろ!」
 それを聞いてレミーは怒り出す。
「お、お子ちゃま? ラリーにそんなこと言われたくないよ、ボクの方がお兄ちゃんなのに!」
「出ねぇ! 出ねぇ出ねぇ! 普通の牛乳もコーヒー牛乳もフルーツ牛乳も出ねぇ!」
「でも肉は食えるよな!」
「食うなー!」
「えー、モートンの牛乳飲みたいー」
「出ない出ないって言うけどさ、この辺に溜まってるんじゃないの?」
 レミーとラリーはモートンの胸を揉み始めた。ロイもまたモートンの腕を揉む。
 ヤバい、モートンはそう思った。こいつら人の話を全然理解する気がない。
 牛の被り物を脱げばいいだけなのかもしれないが、畳み掛けるような不条理に判断力がいささか鈍っている今のモートンがその発想に至ることはなかった。
「……なぜお前がついて来る」
「別に、ついて行ってる訳じゃないよ。同じ方向に向かってるだけさ。ノート出しっぱなしだったの思い出したから、取りに行くところ。ところで、探し物って何? オイラも一緒に探してもいいぜ」
「いや、それには及ばん」
 話し声が近付いてきて、ドアのところで止まった。
「何をしているんだ、お前ら」
 呆れ顔のルドウィッグの後ろから、イギーが小走りで部屋に入ってくる。
「あれー? 確かテーブルの上に置いといたんだけどな……あー! あったよ、もう、何で玩具箱に入ってるんだよ、しかも食器と一緒に。コップ空でよかった……」
「そんな大事なものなら、自分でしまっとけよ! 誰も片付けないから、オレが1人で頑張ってんじゃねぇか」
「悪い悪い」たいして悪びれた風もなく、イギーはモートンの抗議に応える。「ふと思いついたことがあって、考え事に熱中しすぎてさ、トイレに行くの忘れちゃったんだよな。決壊寸前になって気付いて、慌ててトイレに行って、ギリギリ間に合ってすっきりしたら、今度はノートのことが頭から抜けて」
 モートンはげんなりした。
「小便と一緒に流れちまったのかよ……トイレに行くの忘れるくらいなら、もうオムツでも着けとけよ」
「オムツね。それも考えたけど、そしたら今度はオムツを替えるのを忘れかねないな、って」
「マジで考えたのかよ! っていうかやめた理由それ?」
「片付け? 1人で、頑張って? ……変な被り物でふざけているようにしか見えないが」
 咎めるような口調でルドウィッグが言う。
「本当だって! 片付けしてたんだよ、さっきまで! ちょっと疲れたなーって休憩してたら、こいつらが」
「休憩とその被り物に関係があるのか? それを被ると疲れが取れるのか?」
「いや、これは……なんとなく……で! それで、これ被ってたら、こいつらが牛肉とか牛乳とか変なこと言い出して……」
 訝しがるルドウィッグに対し、モートンは必死に弁解を試みた。
「だってモートンは牛だから」
「だから、搾ったら牛乳が出るかなーって」
 そう言って、レミーとラリーはまたモートンの胸を揉んだ。
「何を言っているんだお前ら、モートンから牛乳が出る訳がないだろう。モートンは牛じゃない」
「ル、ルドウィッグ……!」
 モートンは眼を見開いてルドウィッグを見た。いつもは無駄に偉そうで訳の解らない音楽ばかり作っていて髪の毛が邪魔臭い奴だと思っているが、今のルドウィッグは後光が差して見えた。
 だが、次に口を開いたとき、ルドウィッグはモートンをさらに打ちのめす。
「……いや、待て。”牛乳”ということにこだわらなければ、あるいは……」
「はぁ?」
「ミルクとは血液から作られるものだ。ということは、乳腺同様の機能、血液からミルクを作る機能を持たせれば、男でもミルクを出すことは可能になるか?」
「何だよ、その無駄知識?」
「ウキャキャキャキャキャ、そのアイディア頂き! よーし、モートンミルク製造機作っちゃうぞー!」
 真顔で考え込むルドウィッグ、愕然とするモートン、はしゃぎ出すイギー。
「作らなくていい! っていうか普通に牛乳買って飲めよ! その方が早いし安いだろ!」
「そういう問題じゃないんだなー、モートン君。これはロマンなんだよ!」
 発明家魂に火が点いたイギーは止まらない。
「へぇ、そんなことができるのか」
「イギーすごい!」
「やったー! あ、コーヒー味も選べるようにしてくれよな!」
「……俺の発案だということを忘れるな」
「お前らも真に受けてんじゃねぇよ!」
「そうだ、まずは血液のサンプルを取らせてもらおう!」
 イギーはどこからともなく注射器を取り出した。
「嫌だー!」
 レミーとラリーを振りほどいて、モートンは逃げ出した。
「どりゃあ!」
「うわぁっ?」
 だが、ロイの体当たりを受け転倒してしまう。
「何すんだよ、ロイ!」
 モートンは体を起こし、ロイに掴みかかった。
「いいじゃないか、協力してやれよ」
「嫌だっつーの! だいたい、なんでお前まで……お前は別に牛乳飲みたいなんて言ってなかったろ?」
「いや、お前からミルクが作れるなんて面白いなと思って」
「オレは面白くねぇ!」
「それに、よく考えたら肉は一度食べたら終わりだけど、ミルクなら何度でも出せるよな」
「だから、なんでオレのこと食料扱いするんだよ?」
 モートンとロイは取っ組み合いを続けていた。重量級のパワーファイター同士、なかなか決着が付かない。
「あ、あれは……?」
 突然、しばらく黙っていたルドウィッグが声を上げ、室内に入ってきた。
「ルドウィッグ! 頼む、何とかしてくれ!」
 最強のコクッパに向かい懇願するモートン。だが、ルドウィッグはモートンの横を通過してしまう。まるで存在していないかのように。
「まさかとは思ったが、いや、やはりと言うべきか……こんなところにあったとは」
 そう言って、ルドウィッグは床に落ちていたピンク色の玩具のコンパクトを拾い上げ、フサフサとした頭髪の中に素早くしまい込んだ。
「おい! 何やってんだよ! 聞こえてんだろ? ルドウィッグー!」
「しかし妙だ、俺がこんなものをこんなところに持ってくるはずがない。誰の仕業だ? ……ああ、それも問題だが、ひょっとして俺の気付かないうちに他にもいくつか持ち出されていたりしないか?」
 ぶつぶつと独り言ちながら、ルドウィッグは散らかった部屋を引っ掻き回すように探し物を始める。その耳にはもはや他者の声は聞こえてはいなかった。
「隙ありー!」
 ルドウィッグの様子に気を取られていたモートンの右脚と左脚にそれぞれ1対ずつの腕が絡みつき、反対方向に引っ張った。
「いててててて! 股が裂ける!」
 引っ張っているのはレミーとラリーだった。モートンやロイとは違ってパワーが売りではないとはいえ、彼らもマリオたちと戦いうる戦士なのだ。
 多勢に無勢、モートンはロイに両腕を、レミーとラリーに両脚を掴まれ、床の上に仰向けに倒された。
「ある晴れた 昼さがり いちばへ 続く道 荷馬車が ゴトゴト モートンを 乗せてゆく」
 ロイはまた『ドナドナ』の替え歌を歌う。
「やめろって、それ!」
「かわいいモートン 売られて行くよ 悲しそうなひとみで 見ているよ」
 もちろん、ロイは歌うのをやめない。それどころか、レミーとラリーも一緒に歌いだした。
「ドナ ドナ ドナ ドナ モートンを 乗せて ドナ ドナ ドナ ドナ 荷馬車が ゆれる」
 歌声はもう1つ増えた。3人がかりで押さえつけられたモートンに、注射器を手にしたイギーがゆっくりと歩み寄る。眼鏡のレンズが、注射器の針が、怪しく光る。
「やめろー! オレは注射は嫌いなんだー!」
「はーい、ちょっとグサッとしますよー」
「そこは普通、チクッとだろ!」
 そうは言ったものの、イギーが持つ注射器の大きさ的には「チクッ」より「グサッ」の方が適切そうだとはモートン自身も感じていた。だが、認めたくなかった。認める訳にはいかなかった。
 それにしても、あんな大きな注射器をどこに隠し持っていたというのか。あの長さ太さ、あれを満たすだけの血を持っていかれたら、命に関わるのではないか……コクッパ一の巨躯を誇るモートンでさえ不安を覚えるほど大きな。注射針も当然、本体に見合った太さだった。そんなものを刺されてはたまらない。モートンは必死に抵抗する。
「そんな太いの刺すなー! 絶対大丈夫じゃねぇ!」
「暴れると余計痛いぜ」
「暴れなくても痛いって! 無理! そんな太いの無理! 死ぬ!」
「……あのー、ちょっと……?」
 これまでこの場にいなかった者の声。
「……ウェンディ? ウェンディ! こいつらどうにかしてくれ、おかしいんだ!」
 モートンは押さえつけられながらも、両脚の間から覆いかぶさるイギーを避けるように顔をめぐらせ、何とかウェンディの方を見て叫ぶ。
「あんたたち……いけないわ、そんな、危ないこと」
「そうなんだよ、危ないんだよ! もっと言ってやってくれ!」
 今度こそ加勢が頼めるかと、モートンは切羽詰って声を張り上げる。
「……男同士ってことにどうこう言うつもりはないわ、でも、兄弟ってのはさすがに……」
 だが、今度もやはり期待は裏切られるのだ。
「はぁあ?」
 ウェンディの予想外の発言にモートンは呆気に取られる。
「しかも、そんな、太いモノ? を無理やりだなんて……嫌がってるのに……抵抗されると余計燃えるの? 気持ちは分かるけど……」
 さも困惑しているかのように眉根を寄せつつ、頬を赤らめながらニヤニヤするウェンディがちらりと見え、これまで知らなかった類のおぞましさにモートンは震えた。
「その怯えた顔、とてもそそるわ……ああ、でも駄目よ、そんなの駄目……駄目なの、禁断の……っ」
 ウェンディの息遣いがどんどん荒くなっていく。
「ウェンディ? お前、なんか物凄い勘違いしてるだろ!」
「ねぇ、何をしてるの? 教えて……」
 青い目を不気味なまでに爛々と輝かせ、ウェンディが迫る。
「み、見るな! そんな腐った目でこっちを見るなぁあ!」
「ボクたち、モートンのミルクが飲みたいんだ!」
 あくまで無邪気なレミーの答えを聞いて、ウェンディは悲鳴を上げた。
「キャーッ、言っちゃった! いやん、エッチーッ!」
 両手で顔を覆って体をくねらせるウェンディの様子が、レミーには不思議でならなかった。
「え、えっち……って、何?」
「オレに聞くなよ、兄ちゃんのくせに!」
 急に質問されたラリーは戸惑った。
「分からないの?」
「ど、どうでもいいだろ!」
「分からないんだ……」
「どうでもいいだろ!」
 ああ、もう本当にどうでもいい。
 モートンは諦めの境地に達しつつあった。皆おかしなことばかりしている。皆どうかしている。誰も自分の話をまともに聞いてくれない。自分だけがまともだ。いや、本当にそうなのだろうか? まともとはどういうことだったか? ……もうどうでもいい、どうでもいい……。
 モートンは腕にグサッとした痛みを感じた。




 

 「へー、モートンって牛だったんだ、知らなかったぜ。でも、名前からして牛っぽいよな。”モー”トンって」……この台詞からすべては始まったのでした。どうしてそんなことを言われる羽目になったのか? 言われた後どうなるのか? と考えて作った話ですが、書いた自分でさえ「どうしてこうなった」と言いたくなるものになってしまいました。執筆前には大体の展開を考えていたのに、いざ書き始めると当初の予定とかなり違う展開に……ウェンディが腐女子になったのはまったく想定外。ルドウィッグの趣味ネタもここまで引っ張るとは思いませんでした。




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